米ワクチン接種「抜け駆け」「裏技」多発の現場事情

執筆者:アヤコ・ジェイコブソン2021年3月23日
ドライブスルー方式によるカリフォルニアの大型接種会場。州によって接種条件は違ってくる(写真提供:Sachi Monastiero)

アメリカでは、昨年末からのべ1億人以上が新型コロナワクチンの接種を受けた。しかし、その現場では我先にと抜け駆けを試みる「ライン・ジャンパー」たちによって多くの問題も起きている。

 アメリカの新型コロナワクチン接種事情を、このエピソードからお伝えしたい。年会費199ドルで会員制ヘルスケア・サービスを提供する「ワン・メディカル」(正式社名:1Life Healthcare/サンフランシスコ)の「抜け駆け」だ。

「ワン・メディカル」は、昨年1月にナスダック上場を果たした企業。スマホのアプリから全米9州とワシントンD.Cにあるクリニックの診療予約ができる他、24時間のオンライン診療や処方まで受けられる利便性が好評を博している。

 しかし、州のワクチン接種資格を持たない同社幹部の親族や友人、健康な会員、会費を支払っていないトライアル会員の若者に接種していたことが発覚。この事態を受け、同州サンフランシスコ、サンノゼ各行政の保健局は「ワン・メディカル」へのワクチンの供給を停止、下院小委員会も調査に乗り出した。

 このようなトラブルは各地で相次いでいる。

 ワクチン接種の条件を「65歳以上の住民」としているフロリダ州では、老女に化けた女性2人が1度目の接種に成功。2度目を試みようとして見つかり、会場を追い出される騒ぎが起きた。

 テネシー州では、昨年の大晦日、保健局員が数時間並んでいた高齢者を「ワクチンはもう無い」と言って追い返した後、自分たちの縁者や知人を呼び寄せて接種していたことが判明している。

 北カリフォルニアのグッド・サマリタン病院では、最高経営責任者(CEO)が富裕層の暮らす学区の教師たちに便宜を図り、医療従事者に見せかけてワクチン接種を行ったとして、辞任に追い込まれた。

 このほか、ウィスコンシン州ミルウォーキー郊外の病院では、「ワクチンは有害」との陰謀論を信じた薬剤師が約570人分のワクチンを冷蔵庫から取り出して一晩放置し、逮捕される事件も起きている。

ワクチン狙いのボランティア?

 こうした事態が頻繁に起こるので、メディアは真面目に順番を待って接種を受けた元カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツェネッガー氏やハリウッド俳優のハリソン・フォード氏ら、リッチな著名人の正しい姿勢を讃えている。

 もちろん大部分の米国人はきちんとルールを守って接種を受けている。

 ワクチン接種の機会を逃さないためには、州だけでなく郡や医療機関、薬局など接種の予約を受けつけている複数のサイトに登録したり、保健局にこまめに問い合わせをしたり、関連サイトを毎日チェックしたり、努力と工夫が必要だ。

 だがその傍らで、こんな「裏技」も広まってしまう。

 各地に大型の接種会場が設けられるにつれてボランティア要員も増えてきた。彼らは多くの人と接しなくてはならないため、優先的にワクチン接種を受けられる場合がある。つまり、州の対象年齢外の若者でも、ボランティア活動に参加すればワクチンにありつけるのだ。

 また、「余ったワクチン」も狙い目だ。

 前述の通り、複数の予約サイトに登録する人が多いので、当日接種会場に現れないということが起きる。一度、冷凍庫から出して注射器に移したワクチンは、再度の保存が不可能だ。使わなければ無駄になってしまう。

 そこで、投資家のサイラス・マスーミ氏が仲間と非営利で運営するのが「ドクターB」というサイトだ。同サイトに登録すれば、ワクチンが余った時にスマホに通知が届くという仕組みだ。アメリカ在住で18歳以上なら誰でも登録できるが、似通った怪しいサイトもあるので注意が必要だ。

 ワクチンの接種対象年齢が「16歳以上の全ての住人」にまで進んだアラスカ州をネタにして、

「アラスカに引っ越せば直ぐに接種できる。(屋外が)冷凍室だから、ワクチンの保管は大丈夫」

 と、笑い飛ばすコメディアンもいる。

州ごとに違う条件を利用する「越境」

 人口約70万人のアラスカと、私の住む人口約4000万人のカリフォルニアとでは、接種の進捗状況は比較にならない。カリフォルニアには不法移民やホームレスも多く、所得や教育水準が低く、治安も悪い地域では、コロナの発生率も高い。

 そこでカリフォルニアは、コロナの発生率が高いコミュニティでの接種を促進するため、保健局からスタッフを派遣し、自宅にパソコンが無く、ワクチン接種の予約サイトにアクセスできない住民のためにワクチンに関する教育を行ったり、接種の予約を入れたりしている。

 マイナンバーで接種の一括管理を試みる日本と違い、アメリカでは連邦政府より州知事の方針が優先される。そのため、州によってワクチン接種の条件はまちまちだ。 

 フロリダが当初「65歳以上」という条件だけを設定し、住民であることの証明を求めなかった背景には、ニューヨークなどから渡り鳥のように寒い冬を避けてフロリダにやってくる富裕層(いわゆるSnow Bird)への気配りがあった。

 フロリダ同様、避寒地のアリゾナでも別荘族の接種を許可している。

 また、ペンシルバニアでは、「ワクチンを購入したのは州政府ではなく連邦政府なので、誰でも受けられるべき」という建前から、接種を受ける人の住所を問わない。その結果、州外に住む人が接種を求めて「越境」して来る。4時間かけて車で移動するようなケースもあるという。

 そもそもアメリカではプライバシー侵害に対する意識が高く、無理に個人情報を聞くなどして訴訟に持ち込まれる恐れもあるので、チェックが緩くなりがちだ。

 教師に優先的にワクチンを接種している州の学校長が部下30人の接種資格証明用に学園での雇用を明らかにする手紙を書いて持たせたところ、誰も証明を求められなかったそうだ。

 3月11日、ジョー・バイデン政権は1兆9000万ドル(約197兆円)の経済対策法案を可決させた。そのうち4150億ドル(約43兆円)がコロナ対策に使われる。

 この日、ジョー・バイデン大統領は、「5月1日までに全ての成人がワクチンを受けられるよう全州に指示する」と意気盛んだったが、ワクチンを巡る混乱は続きそうだ。

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