菅義偉首相の信任が厚い和泉洋人首相補佐官 (c)時事

和泉洋人首相補佐官の独断に近い形で業者と契約が結ばれたという「オリパラアプリ」。海外からの観客受け入れがなくなっても政治マター化した開発は止めようがなく、いずれ「出入国管理アプリ」に衣替えされる見通しだ。

 夏の東京オリンピック・パラリンピックはどんな規模で開催されるのか。聖火リレーはスタートしたものの、新型コロナウイルス感染の「第4波」が懸念される中で、いまだに心許ない状況が続いている。

 3月20日に行われた組織委員会と日本政府、東京都、国際オリンピック委員会(IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)の「5者会談」では、海外からの観客の受け入れ断念が決定。4月中には国内観客の規模なども決める予定だが、世界での感染が収まらず、日本も新型コロナの封じ込めに失敗する中で、世界からやってくる各国の代表団の規模が最終的にどうなるのかも読み切れていない。

 海外観客の受け入れ停止が決まった事で、日本にやってくる外国人の数は当初見込みから激減する事が確定的になったが、それでも「止まらない」ものがある。通称「オリパラアプリ」の開発である。

関係大臣たちも内容を知らず

 オリパラアプリは、東京オリンピック・パラリンピックに合わせて来日する観客や選手、大会関係者向けの健康管理アプリで、ビザ取得時などにインストールを義務付け、日本滞在中の健康状態を追跡することを謳い文句に昨年秋頃から構想が動き始めた。このアプリをインストールしていれば、入国後の2週間の隔離措置を免除するという触れ込みだった。

 実際の開発が始まったのは今年に入ってからで、NTTコミュニケーションズと日本ビジネスシステムズ、日本電気(NEC)、アルム、ブレインの5社が組んだコンソーシアムが73億1500万円で落札、緊急事態宣言真っ只中の1月14日付で契約が結ばれた。大会の開催まで半年に迫ったタイミングで、しかも開催自体が危ぶまれていた時に急きょ契約が結ばれたが、驚くべき事に、菅義偉首相の信任が厚い和泉洋人首相補佐官が独断に近い形で内閣官房の情報通信技術総合戦略室(IT室)のメンバーを集めて話を進めていたとされ、関係する大臣たちはほとんど内容を把握していなかった。

 2月に入って野党からの国会質問でオリパラアプリについて問われた平井卓也デジタル改革担当相は、IT室の所管でありながらまともな答弁ができず、コロナ感染者の把握などを行っているはずの田村憲久厚労相もほとんど分からず仕舞いだったことから、官邸で大問題になったという。2月18日に五輪担当相に代わったばかりの丸川珠代内閣府特命担当相では右も左も分からない上、アプリの構想自体が様々な省庁にまたがるため、結局、加藤勝信官房長官が担当する事になった。

 このアプリ、構想は壮大で、前述のように海外からの入国者がビザ発給を受ける際にアプリをインストールする。そして入国時にチェックされ、2週間の隔離措置を免除。利用者は滞在中の健康状態などを入力し、異常があれば、国内での発熱者などと同様にPCR検査を受け、陽性ならば病院や契約ホテルなどに移される、という流れが想定された。この間、ビザ発給の外務省の「査証システム(eVISA)」や、法務省・出入国在留管理庁の入国管理データベース、厚生労働省の「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)」や「新型コロナウイルス感染症医療機関等情報支援システム(G-MIS)」などとシステム連携する構想になっている。

 これまで厚労省が作ったアプリでは、「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)」が全国民にインストールを呼びかけられたものの、システムエラーが発覚、ほとんど役に立たない代物のままになっている。ちょうどCOCOAが機能していなかった事を発表した2月上旬に、このオリパラアプリ問題が浮上したこともあり、もしこれが構想通り機能すれば「まさしく神アプリだ」といった声がネット上を賑わせた。

73億円の後に「ベンダーロックイン」で膨大な請求

 オリパラアプリの契約段階での利用者想定によれば、海外からの観客80万人と選手や大会関係者40万人の合計120万人が使う事になっている。契約金額は73億円と巨額で、アプリ開発のほか各省庁のシステムとの連携基盤の開発・運用・保守を行う事になっている。120万人が使ったとしてひとり頭6000円かかる計算だ。

 ところが、ご承知のように海外からの観客の受け入れがゼロになったので、80万人の利用が消え、40万人だけが使うアプリ、という事になった。単純計算でひとり頭1万8000円の高級アプリという事になる。

 しかも、である。

 IT関係者によると、各省庁のシステムと連携させようと思えば、各省庁のシステムを改修しなければならず、73億円では到底収まらないという。あくまで、73億円に含まれるのは「連携基盤」を作って運用するところまでの予算だけだというのだ。各省庁のシステムはそれぞれ専門のベンダー(IT事業者)が運用・保守しており、だいたいその事業者しか改修できない「ベンダーロックイン」状態になっている。「競争入札でなく随意契約という事になると、ベンダーの言い値なので、膨大な金額を請求される」とITに詳しい省庁関係者は言う。つまり、オリパラアプリは完成までに予想以上の「金喰いアプリ」になる可能性があるというのだ。

 ならば、今からでも開発をストップすれば、予算を浪費しないで済むのではないかと思うが、どうもそうではないらしい。

「中止すべきだなんて絶対に言えません」

「すでにコンソーシアムの5社だけでなく、下請けのITベンダーに再委託されており、かなりの部分が開発費として使われている」と内閣府の関係者はいう。予算の内訳を見ると、アプリ開発に約18億円、データ連携基盤開発に約14億円、顔認証サブシステムに約5億円、医療機関向けサブシステムに約5億円、サポートセンター構築に約17億円、多言語対応等に約15億円となっている。今取りやめれば、サポートセンターの構築費くらい戻ってきそうにも思うが、手当てした場所や人材、機材のキャンセル料などが生じるので、結局「ブレーキは踏めない」のだという。

 このままでは、使わない「神アプリ」にどんどん資金が喰われ続ける事になりかねない。73億円をドブに捨てても止める方が、最終的には損害は小さくなるようにも思うが、政治も霞が関も誰も止められない、という。

 しかも政府は、「オリパラアプリは無駄だ」という批判をかわすために、「オリンピック・パラリンピックが終わった後も、出入国管理に使うアプリとして活用する」という方針にいつの間にか切り替えている。

 ところが、1月に結んだ契約の期間は1年間だけ。それをさらに延ばすとなれば、また数十億円単位の運用・管理経費がかかる事になりそうなのだ。

「COCOAは開発費が約4億円だったので、事実上、失敗が確定的になった現在でもそれほど大きな批判は浴びていませんが、オリパラアプリはケタ違いなので、失敗となれば担当者の責任問題になります。現場からは中止すべきだなんて絶対に言えません」と内閣府の関係者は語る。オリンピック・パラリンピックを巡る情勢がこれだけ大きく変化している中で、ブレーキを踏む事ができるのは政治家だけだが、政治家側にも、失敗を認めれば内閣支持率に響き、秋までにある衆議院選挙に影響しかねない、という危惧がある。

 それだけに、失敗した事にしないためにも、新型コロナ対策でふんだんに計上されている「予備費」など、国会や国民に見えないところで、予算をつぎ込み続ける事になるのではないか、という見方が強まっている。

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