友人を驚かせたベルギー「スパイ天国」事情

執筆者:大野ゆり子2009年3月号

 それは、のどかな昼下がりだった。都会にしてはテンポがゆっくりだといわれるブリュッセルで、友人のKは、語学学校で一緒にフランス語を習っているCの家に遊びにいった。 KとCは、共にアイルランド人である。外国に住んでいると、同国人というだけで話が弾むものだ。普段、外国語で気が張って暮らしているだけに、母国語での話題は尽きることがない。故郷の小さい村の話、小さい頃に流行ったテレビドラマの話、アイルランドのパブが近年の法律で全面禁煙になり、経営が危なくなった話など、いろんな話に花が咲いた。 様子が変わったのは、二人が昼食のサラダを食べ終わったころである。Cは環境問題に関心を持ち、食べるものにも気を使っていて、無農薬の野菜を「マルシェ」と呼ばれる産地直送の市場に毎週必ず買いに行くほどの、厳格な菜食主義者だった。その厳しい目で選び抜かれた野菜を食べ終え、食後のコーヒーを飲みましょう、ということになってCの顔色が変わった。コーヒーカップのセットが、昨日まであったはずの食器棚の中にない。几帳面なCのことなので、キッチンの定位置は全てきっちりと決められている。ところが、コーヒーカップのあったところは、ぽっかりとした空洞になっていて、そこにあるはずのないフォークとスプーンがクロスさせて置かれていた。

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