王安石――「拗ね者宰相」(上)

最強の最小帝国――宋

執筆者:岡本隆司2021年9月11日
宋の太平を実現した仁宗(左)時代に定着した科挙。王安石(右)が世に出るきっかけになった

 

「富民を自身の富に安んじて横暴にならないようにし、貧民も自分の貧に安んじて窮乏しないようにすれば、貧富あい和し長久を保って、天下も定まるものだ。ところが王安石は、小丈夫(つまらぬおとこ)である。貧民に同情して富民を憎悪し、貧民に恩恵を与えようとして、その無理に気づかない。まだ下積みの時代に作ったのが「兼併」という詩で、志を得ると、これをひたすら実行した。……禍根はこの詩にある。」(『王荊文公詩箋注』巻六)

「東坡肉(トンポーロウ)」といえば、おなじみのごちそう・豚の角煮のルーツをなす中国料理である。その名の由来は蘇東坡こと、蘇軾という著名な政治家であった。引用文はその蘇軾の実弟・蘇轍の手になるもの。兄弟そろって、さきに登場した欧陽脩と並ぶ唐宋八大家に数えられる。やはりかつて日本人におなじみの文人でもあった。

 文中に登場する「小丈夫」の「王安石」も、やはり同じく八大家の一人、蘇軾兄弟とまったくの同時代人である。

 もっとも王安石なら、現代日本人はもっとよく知っているかもしれない。「王安石の新法」はそれなりに有名で、世界史の教科書にも必ず出てくる中国史上の一大改革であり、引用文もそこにかかわる政争の一コマではある。蘇轍が「王安石の新法」に反対していたのは一目でわかるし、その立場は兄の蘇東坡も同じだった。

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