李卓吾――「儒教の叛逆者」(上)

挫折する近代――明

執筆者:岡本隆司2022年2月12日
中年を過ぎて王陽明(左)の思想に触れ、李卓吾(右)の人生は変わった

 

気質は偏狭・物腰は傲慢・物言いは卑俗・心情は狂痴・行動は軽率な人物で、交友は少ないが、会って気に入ればゾッコンになってしまう。人とつきあうと、短所ばかりアラ探し、仲違いすると、絶交になるばかりか、一生ゆるさない。暖衣飽食を志しているのに、伯夷叔斉のような聖人と自称し、破廉恥な本性なのに、満身道徳のかたまりのつもり。公然と何も人に施さないのを、聖人の伊尹の行状にことよせ、明らかにケチで利己的なのに、同じことをした楊朱を「仁を賊(そこな)う」といって誹謗する。他人に逆らう行動、心情に違う発言ばかり、こんな人間なので、郷里の人はみな憎んだ。(『焚書』巻三、「自賛」)

 以上は李卓吾の「自賛」と題した文章の一節である。「賛」とは論評・コメントのこと、現代日本語と必ずしも同義ではなく、別に褒めているわけではない。単に自己紹介・自叙伝というくらいの題意になる。

 李卓吾、諱は「贄(し)」、字の「卓吾」のほうがやさしい漢字で、通りがよい。明末屈指の著名な思想家・著述家であるばかりか、「儒教の叛逆者」ともよばれた「悪党」だった。とすれば、いささか極端で物騒な人物を想像する。

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