インド・ブームは終わったのかもしれない――そう思ったのは、今年の米アカデミー賞の発表を聞いたときか、それとも、この小説の邦訳が出たのを知ったときだったか。いずれにせよ二月の下旬のことだ。 アカデミー賞では「スラムドッグ$ミリオネア」が今年最多の八部門を制覇し、『グローバリズム出づる処の殺人者より』の原著The White Tigerは昨年の英ブッカー賞(あのカズオ・イシグロが『日の名残り』で受けた)を獲得して、日本にも早々に紹介された。いずれも現在のインドが生んだ、現在のインドを舞台にした作品で、それが国際的に最高級の評価を得る。まず経済の世界で始まったインドの成長とインドへの注目が文化の分野にまで及んできた。 逆に言えば、今後はよほどの偉業(たとえば、超低価格車のタタ「ナノ」が先進国で大ヒットしたり、月面の有人探査が成功したり)でないかぎり、なし遂げたのがインドだからとの理由だけで大きく騒がれることは減っていく。インドゆえの熱狂は今がピークではないか――。 そんな思いは、この本を開いてますます強まった。描かれているのはまぎれもなくインドで、頁を繰るごとに三年前に『フォーサイト』の取材で訪れたデリーやバンガロールが思い出されるのだけれど、舞台は中国やロシア、いや、米国や日本にも置き換え可能に思われるし、同じことは登場するインド人たちについても言える。

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