郵政民営化の政治的意味づけは、二〇〇五年のいわゆる郵政選挙から四年近くを経過したにもかかわらず、依然として自民党の内部で定着したとはいえない。経済的課題のなかでの位置づけについての争点整理は一つひとつ前進しているにもかかわらず、政治的な受け止めに振れが大きいのはなぜなのか。衆議院選挙で選挙区の有効投票総数の六分の一から三分の一程度を獲得すればよかった中選挙区制度時代からの“残照”が依然として大きいからだ、というのが私の見解である。 各種の世論調査から判断すると、郵政民営化の意義を疑う声は圧倒的な少数である。もちろん具体的な小言はいくつも拾うことができよう。集配郵便局数が合理化されたので不在で局に戻った郵便物の受け取りに不便をきたすようになったとか、かつての官営の時代には郵便の配達時に依頼が可能であった郵貯の口座からの資金の出し入れが不可能になったとか、という苦情である。 こうした苦情については、利用者の方で新しい仕組みに慣れてもらうか、郵便事業株式会社と株式会社ゆうちょ銀行との間で業務委託契約をどのようにこなすのか、という新しい実務の定着に待つ部分が多い。 人口減少が続く過疎のコミュニティから郵便局もまた消えるのでは、との懸念についていえば、たとえば農協の支所の整理統合にともない、簡易郵便局が一時閉鎖されたとの事例もある。しかし過疎のコミュニティでは農協の支所のみならず、小学校や役所の支所まで統廃合されている。自治体財政の負担の軽減という視点から受け入れた統廃合と、コミュニティの負担とは無関係な郵便局の統廃合との間で、住民の対応が異なるのは、自分の財布に直接影響が及ぶかどうかに違いがあるからであろう。また窓口サービス業務を受けもつ郵便局株式会社は自由に業務委託関係に入れるのだから、農協や自治体の支所が撤収したら、その業務代行を担うことも可能だ。いずれにしろ国土の最適な利用方法については、高齢社会にふさわしいものを作り出していく以外にない。

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