外国語「サバイバル習得法」

執筆者:大野ゆり子2009年5月号

 夫の新しい職場であるフランス・リヨン市で、年のうち数カ月を過ごすことになった。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギーに続いて、生活する国は五カ国目になる。いろいろな国に住み、一応は夫婦とも英、独、仏、伊の四カ国語を話すので褒めてくださる方もあるのだが、何しろ、土地に住んでから待ったなしで始める「サバイバル習得法」。時々、大きな基本が抜け落ち、冷や汗が出るような恥ずかしい思いをすることがある。 先日、ベルギーでドイツ人の友人とレストランに行った。この友人はフランス語を習い始めたばかりなので、使ってみたくてたまらない。「ねえ、『スプーン下さい』ってフランス語で何というの?」と聞かれ、私たち夫婦は顔を見合わせた。スプーン? スプーンねぇ、頭の中で「匙」を意味する何カ国語かが、がらがらという抽選の玉のように、ぶつかっては出そうなものの、肝心のフランス語は全く出てこない。フランス語生活は六年のはずである。「そうか、君たち、お箸を使うから、匙はいらなかったんだね」と友人は勝手に納得し、話は終った。 夫が日常的に使うのは、オペラに関係した単語である。つまり、「愛」「嫉妬」「憎しみ」「裏切り」「殺し」といった語彙。めくるめく愛のときめき、めらめらとした嫉妬、にえたぎる憎しみ、渦巻く殺意――こういった主人公の心理などを、指揮者は歌手やオーケストラに説明し、自分のイメージする音を作り上げていく。なので、ちょっと浮世離れした単語が、夫の英語、ドイツ語、イタリア語、フランス語での「日常単語」なのである。

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