最後の試金石

執筆者:阿川佐和子2023年2月19日
あなたは「最後の晩餐」に何を食べたいですか?(写真はイメージです( Terri Cnudde / Pixabay

 両親を看取っていただいた「よみうりランド慶友病院」の会長、大塚宣夫先生は、常日頃より、「食べる意欲を捨てたとき、それは死を覚悟するということです」とおっしゃっておられる。だから大塚先生の病院では、できるかぎり入院患者が「食べたい」と思うものを提供できるよう工夫なさっている。外食も持ち込みもオーケイ。お酒もたしなむ程度なら呑むことを許し、病室からお寿司や鰻を注文することも可能である。

 もちろん、人によって食べることへの関心の度合いはそれぞれだ。仕事のほうが面白くて食べる時間が惜しいと思う若者もいるだろう。美食を求めて躍起になることをはしたないと言う人もいる。「おいしい」とはどういうことなのか、よくわからないと呟いた編集者を知っている。反対に、「死ぬまでに食べる回数は限られているのだから、一食たりとも不味いものは食いたくない」と豪語した我が父のような人間も案外、多い。そして私は、父ほど毎食、抜群においしいものを食べなくてもいいけれど……、不味いものは食べたくないけれど……、大塚先生がおっしゃるように、食べることへの関心を完全に失ったら、死期が近いと自覚するだろう。

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