三十年以上にわたり、何千本ものコラムで七つの新聞の紙面を飾ってきたコラムニストのスティーヴ・ロペス氏(五五)にとって、大半の仕事はその時その時の話題を追う、いわば「通り過ぎてゆく」ものだった。だが、ナサニエル・アンソニー・エアーズ氏との出会いは、彼に「客観的な」コラムを書くことを許さなかった。 二〇〇五年四月十七日付の米『ロサンゼルス・タイムズ』紙に掲載されたコラム「弦二本で世界を奏でるバイオリニスト」は、ロペス氏にとって前例のない仕事になった。「私自身が物語の一部になってしまった。取材対象とは一定の距離を置くことを自らに課してきただけに、最初は大きな戸惑いがありました。でも読者は個人的な物語を歓迎してくれた。地域の一員として一緒に身近な問題を考え、共に働く姿勢が共感を呼んだのだと思います」 ある日、締め切りを前にコラムのネタを探していたロペス氏は、ロサンゼルスのダウンタウンにある公園のベートーベン像の脇で、四本の弦のうち二本が欠けたバイオリンで一心に練習するホームレスの黒人男性に出会う。それがエアーズ氏(五八)だった。オフィスに戻ってから、ロペス氏はアイディアを書く黄色いノートにこう記した。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。