ドイツ東部のドレスデン中心部で9月11日未明、エルベ川に架かるカローラ橋の一部が崩落した。川の南北に広がる同市を繋ぐ大動脈で、車や路面電車が通過する重要な橋である。崩壊の18分前には路面電車が通過したものの、怪我人はいなかったという。大雨による川の増水などにも見舞われたが、今も解体工事が続いている。
崩壊したカローラ橋が建設されたのは1970年代初めで、交通量の増加に合わせ、部分的に改修工事が行われてきた。崩落した100メートルほどの箇所も来年改修される予定だったが、それまで持たなかったようだ。原因はまだ調査中だが、橋を支えていた鉄筋が腐食し、支柱が部分的に崩壊していたことが一因と確認された。建設当初より交通量が大幅に増加したことも劣化の要因と考えられている。
なお、ドイツの橋の老朽化は以前から指摘されていた。2021年末、西部ドルトムント市の南方約30kmの渓谷を通る高速道路にかけられたラーメーデ高架橋の支柱に崩壊の可能性があると発覚し、即閉鎖された。すでに爆破され、現在新たな橋が建設されている。早ければ2026年に一部が完成予定だが、それまで5年以上、人々は迂回を強いられ、近隣地域では渋滞が発生するなどの混乱が生じている。
今後10年で4000の橋が問題化
ラーメーデ高架橋の問題発覚後、独連邦運輸省が全土の高速道路と幹線道路にかかる約4万の橋を調査したところ、今後10年間で約4000もの橋に改修または更新が必要だと判断された。その大多数は高速道路がより密に走っている旧西独地域にあるという。連邦運輸大臣のフォルカー・ヴィッシングは、年間400の橋の改修工事を目標と発表した。
一方、崩壊したカローラ橋も含め、連邦政府ではなく自治体などの管轄下にある橋はそれ以外に9万ほどある。2023年の「ドイツ都市問題研究所」による調査では、これら自治体の管理下にある橋の半分の状態が悪いと報告されている。ドイツ最大の環境NGO「ドイツ環境自然保護連盟(BUND)」によると、1970年代末から、橋の耐用期間は50年程度で徐々に大規模改修が必要になると専門家は指摘してきたが、予算は分配されず、必要な対応は取られなかった。そのために全土の橋の状態が徐々に悪化し、崩落という最悪の事態が起きてしまったようだ。
高速道路の半分が要改修、鉄道は遅延が日常茶飯事
なお、ドイツで老朽化しているインフラは橋だけではなく、道路や鉄道も大幅な改修を必要としている。今年5月の連邦運輸省による回答では、2021〜22年の調査で、高速道路は7100km以上と全体の約半分、鉄道網は1万7000km以上と全体の4分の1超に改修が必要と判断された。
それに加え、前述の「ドイツ都市問題研究所」による調査では、自治体が管理する70万km以上の一般道路の3分の1の状態が悪く、2030年に寿命を迎えると判断されている。その改修だけで2800億ユーロ程度が必要となると算出された。
必要な改修が先送りにされてきたため、そのツケが回り、一気に多くのインフラが寿命を迎えつつあるというのが現状のようだ。
特に近年問題視され、大規模改修がやっと始まったのが、国営のドイツ鉄道である。気候変動の深刻化によって飛行機や自家用車よりも鉄道での移動が奨励される一方、ドイツでは都市間鉄道の遅延や運休が日常茶飯事になっている。
2024年8月、定刻より15分以上の遅れで目的地に到着した長距離列車は約4割、6分以上の遅れで到着した近距離電車が約1割にも及んだ。都市間を走る電車が時間通りに動かず、頻繁にキャンセルされるために車を手放せないという人は少なくない。筆者も乗る予定の電車のキャンセルや、大幅な遅れによって乗り換えできず、目的地に1〜2時間遅れで到着というのを頻繁に経験している。電車移動には毎回1時間ほど余裕を持たせるようになった。
そんなドイツの鉄道の質の低さは、2024年6月、ドイツでサッカー欧州選手権が開催され、欧州中から人々が集まったことで各国の注目を集めた。同大会中、CO2削減のためにファンや選手、関係者は鉄道移動を奨励されたものの、電車の遅延やキャンセルによって大混乱が相次いだ。ファンが試合に間に合わなかっただけでなく、電車遅延のためにオランダの選手団による記者会見や、解説者によるテレビの実況解説のキャンセルが続いたのだ。その惨状はソーシャルメディアを騒がし、各国のメディアでも報じられることとなった。
資金源が不明確なまま大改修が始まった鉄道
ドイツ鉄道もまた長年の投資不足によって、信号機や踏切、スイッチ、線路が老朽化し、スムーズに運行ができなくなっているという。1990年代、株式会社化されたドイツ鉄道では効率性が重視されるようになった。不採算路線が閉鎖され、交通量は旅客、貨物輸送とともに大幅に増えたが、それに合わせた設備投資はなされなかった。線路の本数も増えず、混み合っているために一本の電車が遅れれば渋滞のようになり、他の運行便にも影響が及ぶ。
ドイツの鉄道推進団体「プロ・レイル・アライアンス」によると、ドイツの鉄道インフラにかける国民一人当たりの投資額は2023年に115ユーロで、近隣国スイスの477ユーロ、オーストリアの336ユーロに比べてはるかに少額だった。2021年以降、少しずつ投資が増えて今の金額になったが、それ以前は長年今の3分の2以下と、経済規模がドイツより小さいイタリアよりも少なかったのだ。
その背景にあったのは、自動車と道路インフラが鉄道より政策的に長年優先されてきたためだと、ベルリン社会科学センター(WZB)のモビリティ研究者であるアンドレアス・クニー氏は、独メディア「ドイチェ・ヴェレ」に答えている。多額の補助金を受けた高速道路では通行料を払う必要がないのに対し、鉄道は線路を通行するのに使用料を支払うという差がある。
機能不全の鉄道を改善するため、連邦政府は2024年から4年間で450億ユーロをかけ、2030年までに40の主要路線、合計約4200キロメートルを大改修する計画を発表した。すでにフランクフルトから南西部のマンハイム間という主要路線が改修工事中で、5カ月間閉鎖の末に近代化される予定だ。2025年はベルリンとハンブルクの間の280kmなどの主要区間で工事が行われ、線路、架線、スイッチ、信号などが交換される。工事中は数カ月間、乗客は代替バスを使って移動することになり、不便を強いられる。
しかし、連邦政府は、当面予定された鉄道の大改修に際して、いまだに資金源を確保できているわけではない。連邦政府が100%保有しているドイツ鉄道の株式を売却して資金を調達する可能性も指摘されているが、まだ答えは出ていない。ドイツ鉄道の財務状況も悪く、今年上半期、同社は12億ユーロを超える損失を計上しており、すでに負債が340億ユーロにまで拡大している。債務削減のために、稼ぎ頭であった子会社の物流会社DBシェンカーをデンマークの輸送会社DSVに143億ユーロで売却することが最近発表された。
必要投資を制限対象に含めるべきか
政府がインフラ改修に消極的だったのは、目に見えない老朽化に投資をする政治的インセンティブが欠落していたためだ。ドイツのインフラ財政に関して新著で書いている経済政策の専門家、フィリッパ・シグル=グレックナーは、独誌「シュピーゲル」に、これまで交通インフラの予算は削減されがちだったと答えている。インフラ建設には時間がかかるため、対応しても次の選挙で有利になるわけではない。問題が注目される前に大規模に工事をして通行止めなどにすれば、国民からは逆に不評を買ってしまう可能性がある。そうして1990年代以降、交通インフラの改修は後回しにされていった。
しかし、ここまで交通インフラが問題を抱えていると、人々の生活に支障が出るだけでなく、経済的な損失も莫大になってくる。10万社以上が加盟する経済組織・ドイツ産業連盟(BDI)は6月、インフラ投資や気候変動対策への公共投資と、実際のニーズとのギャップが、今後10年間で4000億ユーロに及ぶとの算出を発表した。BDI会長のジークフリート・ルスヴルムは「成長力を強化すれば、財政的な余裕が生まれる」と、政府に積極的な投資を求め、特別資金の創設を求めている。
連邦運輸大臣のフォルカー・ヴィッシングは、自由市場主義を掲げる自由民主党(FDP)の議員で、財政規律に厳しい。同党の財務大臣クリスチャン・リントナーとともに、歳出の抑制を重視している。ドイツでは憲法に規定された債務ブレーキによって、政府は毎年名目GDP(国内総生産)の0.35%しか新たに債務を増やせない。政府による無駄遣いを防ぐための規律だが、インフラ投資にあたっても大幅な借金をしにくくなっている。連立政権を構成する社会民主党(SPD)と緑の党はより柔軟に積極的な投資を求めているが、折り合いがつかないようだ。FDPは市場経済を重視するが、支出を抑えようとすれば、経済界のニーズにも反することになる。
そんななかで、債務ブレーキに対して疑問を投げかける声がドイツでは大きくなっている。2023年12月初め、ドイツの経済シンクタンクのifoがフランクフルター・アルゲマイネとともにドイツの187人の経済学者に聞いた債務ブレーキに関する考えを報告した。それによると、ちょうど半数の経済学者が債務ブレーキの改革、または廃止を望んでいた。改革すべき理由として多く挙げられたのは、現在の債務ブレーキの設計は、 投資と消費の支出を区別していないということだ。投資が制限されているために、必要とされるインフラ改修や気候変動対策に十分な予算が割けなくなってしまうのである。必要な投資を制限対象から外すことを望む意見が強い。運輸大臣のヴィッシングは、道路と鉄道のための長期的な資金確保のために投資ファンドを創設する構想を提案しているが、FDP内でも反対があるようで、進んでいない。
しかし、インフラ投資がさらに遅れて損傷が大きくなれば、修復にかかるコストはさらに大きくなる。高齢化が進み、税負担者が減る中で問題を先送りにすれば、次世代の負担が巨額のものになってしまうだろう。次に橋が崩落するまでに必要な改修が間に合うのか、住民としては不安が残るところだ。
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