体力的にかなりしんどかった一年、じっくり向き合い心が安らいだ今年の3冊

2025年 私の読書

執筆者:トミヤマユキコ2025年12月28日
 

 わたしの2025年は、体力的にかなりしんどい一年だった。

 職場が山形から東京に変わったのだが、新しい環境になかなか慣れることができず、心身ともにヘロヘロ……免疫力が落ちたと見えて、人生初の新型コロナウイルスに罹患した。それが治ったと思ったら、今度は7月末に回転性のめまい(回るタイプ)に襲われ救急搬送。入院は1日だけで済んだものの、めまいが浮動性のめまい(揺れるタイプ)へと移行し、完全に慢性化。いまだにユラユラ&グラグラしている。耳鼻咽喉科医の見立てでは「PPPD(Persistent Postural-Perceptual Dizziness:持続性知覚性姿勢誘発めまい)でしょう」とのこと。しかし確定診断には至らず、脳神経外科医に意見を求めたところ「わからない」と言われてしまった(わかって!)。この手のめまいに効果があると言われていることを片っ端から試しているが、いまだ完治はしていない。

 頭の中がつねに揺れているので、読み書きするのも難儀である。当然、マンガとの付き合い方も変わった。集中できる時間は限られているから、よくよく考えて選んだ一冊を、大切に読まねばならない。いつものスピードで読めないことがもどかしい一方で、マンガとじっくり向き合う時間が贅沢に思えた。

 一番しんどかった時期に読んだのは、INA『20光年』(リイド社、2025年)。同作には記憶と思い出にまつわる11の短編が収録されている。

 表題作「20光年」には、子どもの頃からつるんでいたと思われる男性グループが登場する。みんな立派な大人になって、ひとりはもうすぐ青森へ行ってしまうようだ。仲よしグループは、いつまでも続かない。ちょっぴり切ない展開である。

 そんな彼らは、子どもの頃、ハワイ土産としてもらった小さなレーザーポインタを思い出す。「あの時の光の粒々一個くらいは月に届いたよね/もしくは月から外れて/今も宇宙を飛んでるよね」……目の前のことで手一杯になりがちな日々の暮らしの中で、果てしなく遠い宇宙のことを考える瞬間が途方もなく美しい。その美しさに、めまいに苦しむ自分がどうでもよくなる気さえする。他にも、人は死んだら原子になって、その原子がこの地球を循環しているのだ、というエピソードが出てきたりして(「ATOMS FEELING」)、そのスケールのデカさに、かえって心が安らぐのだった。

INA『20光年』(リイド社)

 いつ治るとも知れない病は、人を不安にし、心の軸をブレさせる。そんなときは、人生のバイブルである安田弘之『ちひろさん』(秋田書店、2014年~)を読むに限る。わたしにとって、自分を愛し、孤独を受け入れ、前向きに生きることの大切さを教えてくれる作品だ。

 弁当屋で働くちひろさんは、元風俗嬢。そのことを隠し立てもせず、カラッとした明るさで地域社会に溶け込んで……いるように見えるが、本当の彼女はひとりになる時間がないと息ができなくなってしまう人なのだった。

 最新刊の10巻での彼女は、弁当屋を辞め、野宿をしたり(「ソロキャンプ?とかいう小洒落たやつじゃないんですよ」ですって)、頼んでもいないのに女子に野球を教えようとする迷惑なおっさんと喧嘩したり、神社で子どもと遊んだりしている。彼女がひとりで行きたいところに行き、やりたいことをやっているのを見るのが好きだ。なぜなら、孤独になりたいという思いは、自分の心を守りながらこの社会をサバイブするときについてまわる、当たり前の感情だと思えるから。

 繋がりすぎの現代社会から半分降りつつ、自分にとって心地よい他者との距離感を見出すための方法をちひろさんは教えてくれる。「教えてくれる」と書くと、説教くさくなってしまうが、彼女の背中を見て、こっちが勝手に学んでいるのだ。あとがきによると、『ちひろさん』シリーズは、これでいったん完結するとのこと。残念じゃないと言えば嘘になるが、また彼女がひょっこり現れるような気がするので、寂しくはない。

安田弘之『ちひろさん』(秋田書店)

 2025年の話題書、清野とおる『壇蜜』(講談社、2025年~)も、いまのわたしが読むと、マンガ家の夫による、妻・壇蜜の奇妙な観察記録というよりは、病身の壇蜜さんにシンパシーを感じつつ読む、愉快で頼もしい夫婦の物語である。

 テレビのロケで出会った壇蜜さんからいきなり「わたしと結婚しましょうよ」と言われ連絡先を渡された清野さんが、いきなりのことにビビりながらも交際→結婚へと至る。この流れだけで十分におもしろいのだが、夫婦はこうあるべき的な世間の価値観を軽々と超え、ふたりだけの結婚観を打ち立てていく様子に、なにかこう、心を打たれるものがあるのだ。決して感動作として描かれているわけではないのに、じんわり感動してしまう。

 ちなみに、『壇蜜』には生活情報マンガとしての側面が多分にあって、実用ネタが好きな人にも刺さると思われる。実際、ふだんマンガを読まないうちの夫が夢中になって読んだ上、作中に登場するかかとをなめらかにする塗り薬を欲しがった(ので買ってあげた)。そんな彼には、いま使っている洗顔料がなくなったら、壇蜜さんお気に入りの「緑のダヴ」をプレゼントしたい。

清野とおる『壇蜜』(講談社)

 病を得たいま、生活の細部を楽しむことの大切さを身に染みて感じている。その影響が選書にも顕著に出た。非常に個人的な選書であると思うと同時に、いましんどい思いをしている人に届いてほしいと願っている。あるいはまた、いつかしんどくなった時に思い出してくれるのでもいい。

 そんなわけで、みなさん、どうか健康第一で、よいお年をお迎えください。

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