「尊厳死」の介助は罪か―揺れるイギリス世論

執筆者:マイケル・ビンヨン2009年10月号

少なくとも百十五人がスイスの自殺幇助クリニックで死を選んだという「現実」を前に、政府も法整備を迫られている。[ロンドン発]英国の著名指揮者サー・エドワード・ダウンズ(八五)と妻ジョーンさん(七四)がその人生に終止符を打ったのは、今年夏の初めのことだった。サー・エドワードは若くしてバイオリンの神童と呼ばれ、長じてはオペラ指揮者として活躍。五十四年間連れ添ったジョーンさんは元バレリーナ兼振付師で、後年は助手として夫を支えた。 輝かしい経歴、そして幸せな結婚生活。しかし、老いと病と障害が二人の人生を徐々に蝕んでいった。サー・エドワードには視覚と聴覚に重度の障害があり、ジョーンさんは末期癌に侵されていたのだ。夏の初め、スイスを訪れた夫妻は、チューリヒの小さなクリニックで致死量の睡眠薬を服用し、ともに人生の幕を下ろした。「二人並んで最期を迎えることが両親の望みだった。父と母は隣同士のベッドで手をつないだまま、わずか数分で眠りに落ち、十分とたたずに息を引き取った」。今回、スイスへの旅に付き添い、妹とともに両親の最期を看取った息子のカラクタカスさんは、その瞬間を振り返る。 自殺幇助クリニック「ディグニタス」は、尊厳と平安の中での自死を決意した人々を支援する非営利団体だ。その助けを借りて命を絶った英国人は、ダウンズ夫妻が初めてではない。この春にも一組の夫婦が同じ旅路をたどっている。さらに遡れば昨年、「尊厳死」の是非をめぐり世論が激しく揺れ動くさなか、全身麻痺となった二十三歳のラグビー選手が両親を説得し、二人に伴われてチューリヒへと旅立った。これらのケースは全英を揺るがす大論争を巻き起こし、数カ月を経てもなお収束の気配はない。

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