AIは「社内政治」を消滅させるのか

執筆者:木村琢磨2026年5月8日
AIは社内政治をなくすものではなく、その焦点を変えるものだ (C)Supatman/stock.adobe.com

 AIの導入でビジネスパーソンを悩ませてきた社内政治は消えるのか。先回りして言えば、答えは「No」だ。ただし、その争点や対処法、政治に“勝てる人”のスキルは変わってくる。

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 AI(人工知能)を導入すれば、社内政治は減るのではないか。そのように考える人は少なくないだろう。

 社内調整、根回し、忖度といった政治的立ち回りや、個人や部門の利益だけを考えたアピールや情報操作、権力争いや派閥間の対立などは、長きにわたって会社で働く人々の頭を悩ませてきた。しかし現代では、大量の学習データで訓練された高性能のAIモデルを、自社のデータを加えてカスタマイズしたうえで、予測・分析や資源配分の最適化に活用できる。AIの活用により「様々な意思決定がより客観的・合理的に行われるようになり、社内政治はなくなる」と予想するのは自然なことである。

社内政治の入り込む「場所」が変わる

 しかし、AIは社内政治をなくすものではなく、その焦点を変えるものである。

 そもそも社内政治とは、好き嫌いや一時的な感情に起因するものばかりではなく、明確な目的を伴うものも多い。たとえば、各部門が、予算や人員の配分などの意思決定を、自部署に有利な方向へ動かすために用いられる。同じ一つの意思決定でも、関与する部署や個人の利害は異なるため、それぞれが部分最適や自己利益を優先し、会議での発言、事前の根回し、情報の出し方、論点の示し方などを工夫して意思決定に影響を与えようとする。これも社内政治の一形態である。

 AIは、このような政治を消滅させるのではなく、政治が入り込む「場所」を変える。これまでの社内政治では、権力者と近しい人物は誰か、誰の意見が会議で通りやすいか、誰が有用な情報を持っているか、といった権力や資源の構図が重要な要素であった。AIを導入した組織では、これに加えて、

・販売予測において、売上データのどの部分を予測AIに学習させるのか

・採用アナリティクスにおいて、候補者絞り込みの選抜基準として何を重視するのか

・人員配置の最適化システムにおいて、どのような要素で優先順位を決めるのか

 といったAIシステムの設計・運用そのものが、政治の場となる。評価ルールや運用ルールが、政治の主戦場の一つとなりうるのである。

AI導入後も人間に残る「最終承認」

 AIエージェントの導入は、組織の業務の進め方を大きく変える可能性を持つ。従来のAIは主として、文章の要約、画像の分類、需要の予測といった個別作業を補助する道具であった。これに対してAIエージェントは、「定例会議の準備をする」「採用候補者を選抜して連絡をとり、面接の日時と場所を確定させる」「取引先からの問い合わせに応じて返信メールを送り、必要に応じて社内申請も行う」といった、より広範囲にわたる業務プロセスを実行できる。AIは「補助」から「代理」へと近づいているのである。

 しかし現時点のAIエージェントは、人間が仕事を完全に任せられるものではない。プロセスが長い業務や複数の部門をまたぐ業務では、判断を誤ったり、確認不足のまま処理を進めたりすることがある。たとえば購買部門でAIに発注候補を出させる場合には、在庫水準だけでなく、取引先との関係、納期遅延時の代替先、品質条件まで考慮する必要がある。こうした情報をリアルタイムの変動も含めてAIが把握することは難しく、人間による確認が不可欠となる。現実には、AIにどこまで自動実行させるか、どこから人間が介入するか、誰がどのような基準で例外対応を判断するか、誰が最終承認をするか——これらは人間が決めなければならない。

 このような状況が意味することは、経営・管理側と現場の社員との間で異なる。経営・管理側にとって、AIは意思決定や業務遂行をサポートする有用な道具である。しかし現場の社員から見れば、AIは自分の仕事を数値化して優先順位を決め、業務を自動化で代替し、さらには自分の処遇にまで影響を与えるものである。

 たとえば本社が「営業案件の配分にAIを活用し、客観的・公正で生産性を最大化する配分を実現する」と説明したとする。しかし現場の営業担当者は「なぜ自分には難しい案件ばかり回ってくるのか」「担当者と顧客との関係は評価に入っているのか」「AIの推薦がおかしいとき、誰に修正を求めればよいのか」と思うかもしれない。

 人事評価でも同様である。AIが勤怠・目標達成率・顧客評価をもとに評価案を作成しても、人材育成や部署横断の調整業務などの数値化しにくい貢献が軽視されるなら、社員の納得は得られない。AIを導入しても、処遇に影響を受ける社員にとって、そうした評価決定の納得性が高まるとは限らないのである。

影響力を持つのは「役職者」とは限らない

 それゆえ、AIの設定や出力に基づく最終判断に関与する人へ影響を与えようとする動きが発生する。それらの影響行動は、社内政治という形で非公式に行われることが多いと考えられる。

 つまり、AIを導入しても、どのようなデータでAIに学習をさせるのか、どのようなデータでAIに判断をさせるか、業務のどの範囲をAIで自動化するのか、AIにどのような基準で判断させるのか——これらを決めるのは人間であり、ここに政治的な動きが介在する余地がある。こうした要因をコントロールできる人、あるいはその意思決定に影響を与えられる人が、強い政治的影響力を持つようになる。

 このとき影響力を持つのは役職者とは限らない。質の高い業務データにアクセスできる人、AIの性能評価基準を決める人、社内システムとAIを接続する基盤を管理する人、監査ログを確認できる人、例外承認のルールを定める人などが、政治的影響力を持つようになる。それぞれの部署や担当者が異なる資源を持つ中で、政治的影響力の源泉は役職や人脈だけでなく、データや技術基盤へのアクセス、あるいはルール設定への関与へと広がっていく。

ワールドモデルAIの実用化で更なる変化

 ワールドモデルAIの実用化が進むと、このような傾向はさらに強まるかもしれない。ワールドモデルとは、現実世界の因果構造を内部に持ち、「この施策を打てば結果はどう変わるか」をシミュレートできるモデルである。たとえば「この部門に人員を10%追加すると、半年後の売上や離職率はどう変わるか」「この取引先との契約を見直すと、コストと納期にどのような影響が出るか」といった問いに対して、複数のシナリオを生成・比較しながら意思決定の選択肢を提示する。従来のAIが結果の予測を示すにとどまっていたのに対し、ワールドモデルAIは「この施策を打てば結果はこう変わる」という因果的なシミュレーションを複数示したうえで判断を支援する点が大きく異なる。

 人員配置、離職予測、需要予測、投資案件の比較などにこの種のAIが用いられると、政治の争点は「どの案がよいか」だけでなく「どの将来予測を会社の正式な前提とするか」も含むものとなる。短期利益を重視するシナリオを採るか、人材育成を重視するシナリオを採るか、景気悪化を前提とするか成長を前提とするかで、資源配分は大きく変わりうる。会社の将来の描き方そのものが社内政治の対象になるのである。

 以上のことから、少なくとも人間がAIの設定や出力の判断を担う限り、AIを導入しても社内政治は発生する。役職者のみならず、専門性や人脈を持つ人が政治的影響力を持ち、他者の役割や状況を読んで影響力につなげるスキルのある人が社内政治に効果的に対処していく構図は、今後も続くであろう。AIの導入が戦略的思考力や職能の専門性を不要にしないのと同様に、社内政治の焦点は変わりながらも、それを渡り歩くスキル——いわゆる政治スキル——は今後も重要である。

  • ◎木村琢磨(きむら・たくま)
  • 昭和女子大学総合情報学部データサイエンス学科教授

博士(経済学、東京大学)。スタートアップでの勤務や組織・人事コンサルティング実務、法政大学教授を経て、現在は昭和女子大学教授。専門は組織行動論と組織アナリティクス。主に経営学の分野で国際的に影響力のある学術誌に多数の論文を発表。著書に『社内政治の科学』(日経BP)がある。

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