マリ「ジハーディスト組織」の攻勢が示唆する西アフリカの更なる混迷
4月下旬、西アフリカのマリの複数の場所で「ジハーディスト組織」(西アフリカではテロ組織のことをこのように呼ぶ場合が多い)及びトゥアレグ分離主義組織による攻撃が行われた。国防相が殺害され、主要都市の奪取が見られた。内陸国マリの首都バマコは、幹線道路の相当部分をジハーディスト組織に押さえられて、陸上封鎖に近い状態に陥っている。
大きな事件となっているが、日本ではあまり報道されていないようだ。そこで本稿では、事態の経緯を整理することを試みながら、マリの実情の歴史的背景を、西アフリカ全域の不安定化の文脈の中で参照していく。
全域で様々な勢力が入り乱れる混乱状態
アルカイダ系のジハーディスト組織JNIM(Jama'at Nusrat al-Islam wal-Muslimin:イスラム・ムスリムの支援団)が、トゥアレグ分離主義勢力のFLA(Front de libération de l'Azawad:アザワド解放戦線)と共同軍事行動をとって、4月25日からマリ各地で大規模な攻撃を行った。首都バマコ付近、カティ軍事基地、ガオ、セバレ、キダルといった主要都市群だ。
この攻撃で、首都バマコ近郊では、サディオ・カマラ(Sadio Camara)国防大臣が襲われて死亡した。2020年以降の一連のクーデターを通じて2021年から国防大臣ポストについていたカマラ氏は、現政権の要人であった。その他の軍幹部の中にも殺害された者がいると報道されている。一時期は、軍政トップのアシミ・ゴイタ(Assimi Goïta)大統領はしばらく姿を見せず、近隣国に逃亡したという噂が発生した。4月28日になってようやくロシア大使と面談しているゴイタ大統領の姿が公にされた。5月4日は、自ら国防相ポストを兼務すること決め、反撃を宣言した。
2020年のクーデター後、フランス軍は追放された。国連PKOも撤退せざるを得なくなった。代わってゴイタ政権が依存したのは、ロシアの旧ワグネル系「アフリカ部隊(Africa Corps)」であった。だが今回の攻撃に際して「アフリカ部隊」は、北部の主要都市キダルなどから撤退せざるをえなくなった。キダルは2012年のマリ内戦の際、トゥアレグの分離主義組織が奪ってから政府軍が奪還し、さらに2014年に北部のトゥアレグ系住民の組織アザワド解放民族運動(Mouvement national de liberation de l'Azawad [MNLA])が再奪還したという要衝の町だ。2023年には、ワグネル(当時)の支援を受けた政府軍が奪回していたが、その3年後の今回、再びJNIMとFLAの手に落ちた。
JINIMは、首都バマコに至る幹線道路を遮断して、バマコを包囲して封鎖したと宣言した。バマコでは市民活動が制限され、住民に動揺が広がっているとされる。野党勢力は、ゴイタ政権の退陣を求める声を上げている。
なおニジェールとの国境付近の東部の町メナカは、イスラム国大サハラ(Islamic State in the Greater Sahara: ISGS)という別のジハーディスト組織が占拠したという。マリ全域で、様々な勢力が入り乱れる混乱状態が広がっている。
「欧州大国の関与」からでは理解できない武装勢力の背景
日本では、アフリカ情勢に対する知識と関心の低さから、マリ情勢について見る場合にも、ロシアやフランスなどの域外の諸国の関与を過度に強調してしまいがちである。しかしジハーディスト組織の勢力拡張を、たとえば欧州で発生している大国間の確執を基本構図にして理解しようとするのは無理がある。
JNIMは、複数のアルカイダ系武装組織が統合して2017年に作った連合体である。マリでは、それまでアンサール・アッ=ディーン(Anṣār ad-Dīn[宗教(イスラム)の助力者])、イスラーム・マグリブ諸国のアル=カーイダ機構(Al-Qaeda in the Islamic Maghreb [AQIM])、マシーナ解放戦線(Le Front de libération du Macina [FLM])、アル・ムラービトゥーン(Al-Murabitoun)などの諸組織が、分裂・闘争を繰り広げていたが、「イスラム国(IS)」勢力の台頭に伴ってアルカイダ系が統合されたのがJNIMである。その後、サヘル地域では、イスラム国系組織よりもJNIMのほうが強い勢力を誇るようになり、ブルキナファソやニジェールでも暗躍するようになった。
中央政府が南部に位置する首都バマコを中心にして国家基盤を持っているとすると、伝統的に北部・中部の住民は、中央政府の統治の恩恵にあずかれない不満を抱えていた。アラブの春の余波でリビアのムアンマル・アル=カッザーフィー政権が倒れた後の2012年、リビアから流入した武器も用いてMNLAが武装蜂起した。これによって中央政府の統治基盤が北部で崩壊したのを見て、現在のJNIMに連なる流れのアルカイダ系のジハーディスト組織が台頭した。
現在JNIMと共闘しているFLAは、マリ北部のトゥアレグ民族主義の流れをくむ北部地域の自治・独立・自己決定を求める武装勢力である。FLAの「アザワド解放戦線」という名称にある「アザワド(Azawad)」とは、マリ北部一帯を指す政治的・歴史的呼称である。沿岸部とのつながりが深い南部とは異なり、伝統的にサハラ交易を中心としたネットワークを持つ。今回の襲撃事件でも大きな注目地点となったキダルをはじめとする北部の主要都市が、「アザワド」の範囲に含まれる。
この地域では、独立以来、何度も反乱が繰り返されてきた。最近の大規模な反乱が、上述の2012年のMNLAによるものであった。MNLAがジハーディスト組織によって圧倒されてしまった後は、世俗的な民族主義を強調して差別化を図る気運が高まり、FLAが台頭するようになった。
FLAの組織基盤については、土着のトゥアレグ系住民の武装勢力であり、部族ネットワークを基盤にしているとされる以外には、必ずしも明らかにはなっていない。マリ北部には、アラブ系、ソンガイ系、フラニ系などの民族集団もいることから、トゥアレグ系のFLAは、政府・ロシア軍と敵対する姿勢を強めて、世俗主義を掲げながらJNIMとも共闘していく流れを作ったことで、勢力を拡大させていると思われる。なおトゥアレグは歴史的にアルジェリアとつながりが深いが、今回の襲撃事件につながる直接的な支援の経緯がアルジェリアとの間に存在しているかどうかについては、判明していない。
JNIMとFLAに共通しているのは、北部・中部の土着の住民の基盤を持っているため、イスラム教に基づく規範・法体系であるシャリア法あるいは土着の慣習に基づく紛争解決の仲裁機能を担ったり、国際的な違法取引を通じた経済的利潤を獲得したりする点である。支配地域では、治安維持と引き換えにした課税も行っているようである。逆に非トゥアレグ系の住民組織との軋轢も絶えず、現在もドゴン系のDan Na Ambassagou (“hunters who trust in God”)という武装組織を狙ったジハーディスト組織による村落襲撃事件も起こっている。
なおイスラム国系のISGSは、アルカイダ系のJNIMと対立してきているだけでなく、現地住民共同体との関係も敵対的である。ただしイスラム国系の組織はアフリカ各地に存在している。特に重要なのは、ニジェールなどにも勢力を広げているISGSが、ナイジェリア北部で暗躍するイスラム国西アフリカ州(The Islamic State West Africa Province [ISWAP])などとの間に持っていると考えられる国際的なネットワークであろう。ジハーディスト組織間の国境を超えたネットワークは、ギニア湾ルートや、サヘル横断ルートを通じた違法取引の密輸を通じた資金及び人員を獲得する手段となる。
「反フランス、ロシア接近」の経緯と「ブルキナファソ、ニジェール」との共通性
2012年に北部でMNLAの武装蜂起が起こった後、マリ軍は対応に失敗した。それをバマコの政府指導部の不手際と考えた軍内部の不満層が、まずアマドゥ・サノゴ大尉を主導者とするクーデターを起こした。ただし結果的には、このクーデターは中央政府の機能の一層の低下をもたらし、北部ではアルカイダ系の武装勢力が支配地を広げるようになった。
これを伝統的な親仏国で金などの天然資源も持つマリの国家的危機とみた旧宗主国のフランスは、2013年に民政復帰を目指した軍事介入を開始した。この「サーバル作戦(Opération Serval)」と呼ばれた軍事介入は、北部主要都市の奪還をもたらした。その反面で、「バルカーヌ作戦(Opération Barkhane)」を通じた長期にわたるフランス軍とジハーディスト組織との軍事抗争の構図ももたらした。
2013年のうちに大統領選挙が実施され、イブラヒム・ケイタ(Ibrahim Boubacar Keïta)氏が当選して大統領に就任し、形式上は民政復帰が果たされた。さらには大規模な国連平和維持活動ミッションである国際連合マリ多元統合安定化ミッション(Mission des Nations Unies au Mali: MINUSMA)やEU(欧州連合)によるマリ政府治安維持組織の訓練をするミッションである欧州連合マリ訓練ミッション(European Union Training Mission Mali: EUTM Mali)も展開することになった。
2015年には、地方分権を通じた北部自治拡大などを定めた中央政府と武装組織の間の「アルジェ和平合意」が成立する進展も見られた。しかしこれは定着せず、内戦は続いた。介入の効果を示せないフランス軍や国連に対する不信感も次第に高まり、2020年に大規模な政府抗議運動を契機にして、新たな軍事クーデターが発生した。さらには最初のクーデターの後に置かれた文民暫定政権を除去する第二クーデターが2021年に発生した。これによって権力を掌握して暫定大統領に就任したのが、アシミ・ゴイタ大佐であった。
ゴイタ氏が全権を掌握した後、マリ政府は、主権を重視するという反植民地主義のスローガンを掲げて、反フランスの態度を鮮明にした。その裏ではロシアに接近して、軍事支援としてはロシアのワグネルを関与させるようになった。やがてフランス軍は撤退し、国連PKOやEUミッションも撤退することになり、ゴイタ政権はロシアへの依存を強めながら、ジハーディスト組織と対峙することになった。
マリに続き2022年ブルキナファソで、2023年にはニジェールで、次々と同じような路線をとる軍事クーデターが発生する。これら3カ国は準地域機構である西アフリカ諸国経済共同体(Economic Community of West African States: ECOWAS)から脱退して、サヘル諸国同盟(Alliance des États du Sahel: AES)という新たな地域組織体を設定した。
この動きの中で、それまで上記3カ国とチャドとモーリタニアがフランス軍と連携してジハーディスト組織掃討軍事作戦を遂行するために作っていたG5サヘル(G5 du Sahel)は、23年末に活動停止に追い込まれた。3カ国は、ロシアとの軍事的連携を強め、治安回復を図る姿勢を鮮明にして今日に至っている。
サヘル諸国情勢はさらに流動化する可能性も
ジハーディスト組織の勢力伸長を抑え込めなかった旧政権や、フランス軍や国連PKOや周辺国の介入部隊への不満が高まったことは、事情を踏まえれば理解できるところはある。しかしこれらの国際的な支援を断り、ロシアとの軍事協力だけを頼りにしてジハーディスト組織を撲滅し、治安回復を図るというサヘル諸国のクーデター政権の目論見は、最初から脆弱なものであった。
情勢の悪化にともなって、ブルキナファソとニジェールも協力のもとAESとして空爆を行ったというマリ政府の発表も見られるが、状況の大勢を変えるものではないと見られる。ジハーディスト組織の裏にフランスの陰謀がある、といった主張も行っているが、これもマリ北部・中部の住民に強くアピールできるようなものではない。
マリの豊かな天然資源を狙って外国勢力が近づいてくる。一方的な収奪を防ぎながら効果的な支援を引き出すために、民政移管などの政治的要求をしないロシアとの協力関係に活路を見出そういう発想も、わからないでもない。だがロシアの関与も、「アフリカ部隊」という、いわば外付けの組織を通じた限定的なものにとどまる。つまるところ、経済権益の確保の度合いに応じて協力する契約関係によって成り立つものでしかなかった。国際的なネットワークを駆使しながら、着々と勢力拡張の機会を狙っていたジハーディスト組織を撲滅するには、既存の政府軍と「アフリカ部隊」だけでは不十分であった。
しかし「反西側」のイデオロギーを掲げ、過去の失政と低迷の責任を西側諸国の関与のあり方に押し付けているクーデター政権には、現在の路線以外に取りうる政策的姿勢の選択肢がない。現状を大きく変える突破口を見つけられない。
もちろん加えて、欧州や中東での対応に忙殺され内向き志向も強めているアメリカや欧州諸国の側に、新しいイニシアチブを立ち上げて事態の改善を模索しようとする気運がないことも、指摘しておかなければならない。違法取引の国際ネットワークを封じ込めることも、地理的範囲があまりに広範で、非常に困難になっている。
こうした事情を考えると、サヘル諸国では、今後もジハーディスト組織の勢力拡張が続いていくだろう。さらにはベナンなどの沿岸部西アフリカ諸国にも勢力を広げていく傾向が顕著になっている。そうなるとナイジェリアにおけるジハーディスト組織による混乱とも重なり合い、広範なサヘル地帯でのジハーディスト組織の根城が形成されることになる。各国の中央政府の統治基盤はいっそう脆弱化していくことになる。
ただしジハーディスト組織は、それぞれの国の首都を制圧し中央政府を乗っ取ることには、あまり関心を持っていないとされる。労力をかけて国家機構を牛耳るよりも、非国家的なネットワークを通じた利潤の獲得と独自の支配地の確保を、優先させている。
大陸東部「アフリカの角」のソマリアでは、武装テロ組織アルシャバブの勢力が拡大し、中央政府は首都モガデシュの市政機能だけを果たしているような状態に追い込まれている。サヘル諸国でも同じような現象が、今後はよりいっそう顕著に見られるようになっていくのかもしれない。
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