世界的な不況が進む中、構造改革論議はほとんど聞かれなくなり、今や不況対策論議が主流になっている。しかしながら、市場経済を維持しようとするかぎり、いかなる局面においても、自由で公正な市場をどのように形成するかという問題への配慮を忘れるべきではない。 アダム・スミスの『国富論』は、『道徳感情論』において展開された人間観と社会観にもとづいて、市場のあるべき姿と政策担当者の持つべき心得を示した書物である。 スミスは、経済成長の原動力は、資本蓄積と分業であり、分業を促進するのは自由で公正な市場の存在であると考えた。人が特定の生産物のみを生産するリスクを負う気になるためには、それに先だって、生産物の買い手を見つけるための市場が存在しなければならないからである。 市場参加者が道徳的であれば、つまり胸中の公平な観察者から非難される行為をしないよう自己規制するならば、不正のない交換が成立するであろう。このとき、市場は、見知らぬ者どうしが必要なものを交換し助け合う「互恵の場」となる。そして国境を越えて広がる市場は、諸国民をつなぐ連合と友情の絆になるであろう。 しかしながら、スミスが目にした現実は理想状態にはなかった。十八世紀のヨーロッパにおいて、諸国の経済は、特権商人や大製造業者をはじめとした市場参加者の独占と不正によって支配されていた。スミスは、そのような歪んだ経済システムを「重商主義の体系」と呼んだ。それは、自己規制されない野心や虚栄心がもたらした不公平で非効率な経済システムであった。

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