本書『フリー』(クリス・アンダーソン著)は、新しい経済のシステムがどうやら発生していそうだ、と実感しているすべての人にとって最良の入門書である。その対義語は、大量生産やマスメディア、重厚長大な過去の産業すべてであり、本書はユーザーにモノを届けるための最良の作戦として「価値のあるものを無料で顧客に試行させる」方法を提唱している。方法論だけではない。いわば、新しいモノの売り方の思想、あるいは教条として、無料戦略で人をかき集め、そこに群がってきた人の何割かがその企業やサービスを熱狂的に支持して何度もお金を払ってくれるロイヤリティの高い客になる、というウェブ時代の商売のあり方を説いているのだ。 この考え方自体はさほど目新しいものではない。例えば、小売業における特売は、目玉商品そのものは利益を生まず、とにかく安さを謳ったチラシで客に足を運ばせ、来た客は利益の乗る商品も「ついでに」買って帰る。一度買い物をした客は、同じようなモノをまた買おうとするときその店に再来する確率も高まるという作戦だ。通販で粗利益の高い化粧品などは、送料を負担してでも無料サンプルを主婦やOLに配って、良い使用感を感じた人の購買意欲を煽る。「フリー」という概念自体は、必ずしもウェブだから成立するという話ではない。ネット社会が広がり、生活の一部にコンピューティングが組み込まれたことで、関心のある人がより一層楽に無料の商品やコンテンツを楽しめる環境が整ったので、こんにちのように類例の爆発的な増加があるのだ。

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