女子フィギュアを縛る政治と経済

執筆者:生島淳2010年4月号

 バンクーバー五輪の女子フィギュアスケートを現地で取材して、この種目がいまだ政治、そして経済から自由ではないことを痛切に感じてしまった。 フィギュアスケートでは、二〇〇二年のソルトレークシティ五輪の際にフランスとロシアが密室で得点の取引を行ない、それが表沙汰になったことで採点システムが大幅に変更された。 それまでは技術と芸術、二つの要素を六点満点で採点していたが、改正によって一つひとつの技を数値化し、公平性を目指した。実際、この改正はフィギュアスケートの競技性を、より高めることにつながった。 しかし、バンクーバーでは、開催国カナダの選手の得点は“インフレ”気味だったし、メダルを争う選手が集まるフリーの最終組に入ったスケーターの国籍には、地域や国による“議席配分”の匂いがした。 ショートプログラム(SP)の得点をもとにフリーの最終組に入れられた六人の選手の内訳は、女子シングルでは、アジアからは日本二、韓国一。北米からは米国二、カナダ一。 今回の女子の場合、国際オリンピック委員会(IOC)にとって重要だったのは、最終組に米国枠を一つ以上確保すること。バンクーバー五輪の米国での放映権を買ったNBCは、IOCの“大得意先”。人気種目である女子フィギュアで米国の選手がフリーの最終組に残らないようでは視聴率に響き、今後の放映権料の交渉に影響が出かねない。

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