トヨタ自動車は2008年に販売台数で米ゼネラル・モーターズ(GM)を抜いて世界最大の自動車メーカーになった。企業として絶頂に立ったわけだが、それ以降、急速にトヨタらしい強さを喪失していった。
 米国でのブレーキペダルをめぐる大規模リコールは、トヨタを世界トップに押し上げた高品質が揺らいだことを示した。原因は部品を納入した米部品メーカーにあるが、結果的にいえば納入企業の選択、生産指導で従来のトヨタの能力が薄れたことは歴然としている。かつては傲慢なほど自信たっぷりだったトヨタの幹部も、記者会見で目が宙を泳ぐ場面が増え、グループを率いる豊田章男社長は、内輪の会合とはいえ、テレビカメラも入った公衆の面前で涙を流す失態を演じてしまった。
 そうした下り坂のトヨタがまた不可思議な決断を下した。米電気自動車メーカー、テスラ・モーターズへの出資である。トヨタはテスラに5000万ドル(約44億円)を出資、電気自動車の開発に取り組むという。年内にもトヨタの既存車をベースにした試作車をつくる予定だ。

見えなくなったトヨタの哲学

 結論から先に言えば、テスラへの出資はトヨタにはほとんど意味がないだろう。
 第1に、トヨタはハイブリッド車「プリウス」を世界で最初に開発したパイオニアである。言うまでもなくハイブリッド車にはバッテリーとモーターが積まれており、半分は電気自動車だ。モーター駆動だけで走行している時もある。電気自動車の技術の要となるバッテリーはパナソニックと合弁の電池会社を設立、ニッケル水素電池を量産してきたほか、今後のバッテリーの主流となるリチウムイオン電池の研究開発も進めている。制動をかけた際に失われるエネルギーを回収し、充電する回生技術もハイブリッド車で確立している。
 1997年に発売された初代プリウスに積まれたモーターは、トヨタが自社で巻き線から手がけたオリジナルであるように、高度なモーター技術も持っている。そもそも電気自動車はハイブリッド車よりも構造が単純で開発、生産は容易だ。それは中国で電気自動車メーカーが雨後の筍のように数百社も現れ、見よう見真似で続々と商品を発表していることでもわかる。ハイブリッド車を世界で最初につくったメーカーが電気自動車を開発するのに米国のベンチャーと組む必要など存在しないのだ。
 加えて、テスラの量産するスポーツカー「ロードスター」は1000万円前後の高級車で、トヨタでいえば「レクサス」ブランドに位置づけられるような商品だ。当初からレクサスのラインナップに電気自動車を付け加えるのなら理解しやすいが、「カローラ」など小型量販車で電気自動車を出して行くにはテスラは適当なパートナーとは言い難い。
 第2の理由は自動車メーカーとして、より根源的な問題だ。トヨタは次世代の自動車の駆動を何で行なうつもりなのか、ということだ。もちろんひとつに絞る必要はない。世界最大のメーカーである以上、幅広い品揃えは必要だ。だがトヨタがメーカーとして、これが理想の自動車、理想の駆動力として第1に押すものは何か、という哲学がテスラ買収で不透明になった。
 つまり、トヨタはハイブリッドこそ最高の駆動力の形と考え、突き進んできたのではなかったか。トヨタは内燃機関とモーターを兼ね備えることで、パワー、航続距離、環境性能、経済性など次世代の車に要求される条件を最も満たせるのがハイブリッド車であり、既存のガソリンエンジン、電気自動車、燃料電池車などよりも現時点ではハイブリッドの方が秀でていると暗黙の主張をしてきた、といってよい。
 それに対し、テスラへの出資は電気自動車が主流になりかねない情勢になってきたので、技術力のあるベンチャーと提携し、電気自動車に関する技術開発の時間を節約しよう、という意図のように世間では理解されている。トヨタが駆動力に対する認識、哲学を大幅に変更したとの見方が生まれているのだ。

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