日本産業の二一世紀初頭の競争力を探るというテーマで二〇〇四年から始まった「メイドインジャパン進化論」の連載も今回が最終回となる。これまで一五の業種について取材し、ものづくりの変容と課題を報告してきた。今回は医療機器を扱う最後の回でもあり、日本的な細やかさ、精密さを追求する三社の取り組みを紹介しながら、ほぼ六年にわたる連載から浮かび上がってきた日本のものづくりの課題を考えていこう。
日本補聴器工業会によれば、日本では必要とされる人の四分の一しか補聴器を装着していない。その理由はいろいろあるが、いまひとつ知られていないのは、最新の補聴器は単なる増幅器ではなく、「音を考える装置」になっていることだ。
一九九〇年代に入ってから急速に普及し始めた、耳穴に埋め込むデジタルタイプの場合、大きさは一センチ前後、重さは一グラムほどしかない。この小さな器(シェル)に補聴器専用のCPU、マイク、スピーカー、電池という主要部品が入っている。それでいて最大音量は一四〇デシベル。成田空港の年平均騒音は約八〇デシベルだから、補聴器がいかに大きな音を出せるかが分かる。
小型化は半導体の高密度化とデジタル技術でもたらされた。一九四八年に国産初の補聴器を、九一年には世界初のデジタル補聴器を開発したのが、国内市場で三割のシェアを握るリオン(ブランド名はリオネット)だ。ただ、「デジタル技術を活用し、会話をスムーズにしてコミュニケーションを深める音とは何かを探る研究が本格化したのは九〇年代半ば以降だった」と、成沢良幸・聴能技術部主幹技師は言う。課題は、雑音対策と自由な指向性をプログラムと連携して強化することだった。
不要な音は聞こえないレベルに抑圧し、音量を上げたときの不快なハウリング音を消す一方、会話の相手の声だけをクリアに再現する。指向性を自由に設定して、環境の変化に補聴器自身が的確に対応する。そして、利用者の聴力の特性にあったきめ細かい設定を可能にする――つまり、利用者が聞きたい音を補聴器に考えさせるのである。
部品づくりは専門メーカーに任せ、リオンは組み立てと耳に直接触れるシェル部分の制作に注力している。耳穴の形は千差万別で、シェルがフィットするかどうかが補聴器の快適さと付加価値の原点だからだ。
全国の代理店が採取した耳穴の型は、生産子会社リオンテクノの「リオネット夢耳工房」に送られ、ここで大きさ一センチ足らずの型をレーザー計測して約一六万にも及ぶポイントの位置情報を得る。その三次元データを造形装置に送り、特殊な樹脂に〇・一ミリ単位で紫外線を照射し硬化させてシェルは完成する。
田中実・リオンテクノ社長は、「かつては、耳穴の型から別の型を起こし、手作業で削って調整していた。一〇〇個のシェルをつくるのに五〇時間かかっていたが、今では七時間でできる。耳穴に合わないという苦情は激減した」と語る。夢耳工房は、利用者の快適さを徹底的に追究した結果生まれたIT工場だ。
「防水型や、iPodなどを聞くための接続部を持った補聴器を開発するなど、世界をリードする製品を開発してきた自負はある」(成沢主幹技師)。だが、リオンの海外売上高は全売上高約一七〇億円の一〇%程度。中東地域を中心に、低価格機で中国勢などと競っているのが現状だ。
業界の推定では、世界の補聴器の出荷台数は年間七〇〇万―一〇〇〇万台、国内は四七万台前後だ。補聴器分野では、シーメンス(ドイツ)、フォナック(スイス)、オーティコン(デンマーク)、など六大メーカーが世界シェアの九割を握り、リオンは七位前後と見られている。
上田一男・聴能機器営業部長は「正直なところ欧米市場は厳しい。他メーカーは、補聴器は生活ツールだと割り切り、電器店などで一般販売して膨大な数量をさばく。一方、当社は、地域に根ざした福祉という視点から医師と連携した代理店制度を採用してきた。この優れた顧客ケア制度があったからこそ、リオンは開発をリードしてこられた。しかし、海外でもこのビジネスサイクルを生み出せるのか。迷いがある」と明かす。
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