「キューバ・モデルは、もう我われにとって全くうまくいかない」という前議長の発言が注目されている。イランの核開発問題の記事が縁でフィデル・カストロ前国家評議会議長に招待されてキューバを訪問した米誌『アトランティック』のゴルドバーグ記者が「キューバ・モデルはまだ何か輸出するに値するものがあるか」と尋ねたのに対する回答であった。同氏が同席した米外交問題評議会のキューバ専門家、ジュリア・スウェイグ女史にこの発言の解釈を求め、その内容を掲載していることからも発言自体は事実だろう(9月8日付同誌掲載記事、www.theatlantic.com)。
 4年前病気で大統領権限を弟のラウル第一副議長に委譲し、08年2月には議長職を退任、公の場から姿を消していたカストロ前議長が、今年の7月以降、公の場に頻繁に姿を現し、国会で演説をするなど健在ぶりをアピールし、その動静に対し様々な憶測が出されていた矢先の発言である。弟のラウル氏に配慮してか、これまでイランや中東問題など国際問題に発言をとどめてきた前議長が、国内の、それも社会主義経済体制の根幹に係わる発言をしただけに、その真意をめぐり注目が集まるのも無理からぬところだ。
 記事によれば、ゴルドバーグ記者はこの発言の意味するところをスウェイグ女史に尋ねたところ、女史は、革命の理念を否定するということではなく、キューバ・モデルの下で国家が経済においてあまりに巨大になりすぎていることから、ラウル議長が共産党や官僚機構の守旧派の抵抗を前に、必要な改革を進めるための地ならしの役目を果たすだろうと指摘している。
 キューバ経済は、物資の不足など革命後最大の危機に直面していると言っても過言ではない。非効率な社会主義体制の改革は待ったなしの状況にあり、カリスマ性に欠けるラウル議長の改革を後押しするものとの観測だ。会見では発言の真意を元議長に直接確認しているわけではなく、あくまで憶測の域を出るものではない。これまでは逆に、フィデルの健康状態が回復し、ポスト・カストロが先延ばしされた結果、現実主義のラウル議長の改革が妨げられているとの見方が一般的だった。実際その後の報道で、前議長は、改革を後押しした発言ではないとゴルドバーグ記者の解釈を否定していると伝えられている。だが、キューバの現在の経済システムが大きな問題を抱えていることを吐露した点は、間違いないのではないか。
 さらに今回のカストロ発言に世界が注目し、結果としてラウル議長の支えになっていることは疑いない。つまり、今年の2月反体制派のオルランド・サパタ氏が刑務所で80日間のハンガーストの末に死亡した事件を機に、政府は譲歩を強いられてきた。国際的非難にさらされ、政治犯の妻や母親たちの抗議行動(「白い婦人たち」)がおこる中で、キューバ政府は7月8日、カトリック教会の仲介により、03年の体制引き締めで逮捕収監されていた52人の政治犯の釈放を発表した。EUなどの経済支援を確保するための譲歩であったが、前議長の公の場への復帰はこうした現体制の苦しい局面と軌を一にしており、今回の発言もその延長線上にあるからである。
 いずれにせよ「終わりが近いかもしれない」(ホルヘ・カスタニェーダ=元メキシコ外相でニューヨーク大学教授)との指摘があるように、キューバ社会主義体制が大きな転機を迎えていることはたしかであろう。

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