一月五日、十四歳のチベット人少年がインド北部ダラムサラに姿を現した。中国のチベット自治区から酷寒のヒマラヤを越えての決死の道行きだった。この少年、カルマパ十七世がチベット仏教で三番目に権威の高い高僧「転生活仏」(生き仏)、しかも四大宗派の一つであるカギュー派の最高位活仏だったことで、事態は中国とチベット自治区、チベット亡命政府などを巻き込んだ大騒動に発展した。 カルマパは、元々はチベット自治区東部チャムド県の遊牧民一家の子供に過ぎない。それが若くして同仏教界の最高位の一つに就き、今回の出国劇で世界中の耳目を集めるに至ったのを理解するには、まず同仏教独特の「輪廻思想」から知る必要がある。 チベット仏教の教えでは、菩薩や高僧は死後別の肉体に生まれ変わり、民衆を救済する。同仏教界を束ねる最高指導者で、ダラムサラのチベット亡命政府を率いるダライ・ラマ十四世は観音菩薩、次に位の高いパンチェン・ラマは阿弥陀如来の化身とされる。亡命政府によれば、活仏は世界に二百人以上おり、熱烈な信者で、米国での“広告塔”でもある俳優スティーブン・セガールもその一人という。 こうした神秘的な「転生伝説」こそが、活仏の権威づけに大きな役割を果たし、従来のチベット人信徒に加え、癒しを求める欧米先進諸国の人々にも支持の輪を広げる要因となっている。

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