株主指向経営への違和感

執筆者:梅田望夫2000年11月号

 十月十八日。ダウ平均は一万ドル台を割り込んで九千九百七十五ドル。ナスダック総合指数は三千百七十。九月初旬の数字から、それぞれ約一〇%、二五%下落している。八月末から忙しくて連絡を取っていなかったジーンと久しぶりに話をしなければいけないな、と私は思った。ジーンは韓国系アメリカ人のファイナンシャル・アドバイザー。私の流動資産の管理はほぼすべて彼に任せている。「ねぇ、ジーン、この一、二カ月でだいぶ減っちゃったんじゃないの?」「ミスター・ウメダ、そんなことはない。フラットだ。増えてはいないが減ってもいない」 確かに数字を確認すれば、九月初旬からほとんど変化がない。 なるほどこれが分散投資理論の実感か、と思った。「性質の異なるさまざまな投資対象をポートフォリオに組むことによってリスクを減少できる」というのが金融工学の初歩である。しかも情報と流動性が完全に近づけば近づくほどリスクが減って、長期的には「ローリスク・ミドルリターン」くらいの割のいい投資になっていくという。 ちなみに金融関係の人たちはこの原理を「金融の世界での唯一の錬金術」と表現するし、ジーンの口癖は「ポートフォリオ、ポートフォリオ」なのだが、じっさい私の資産は実に細かく分割されて、欧米のさまざまな投資信託と債券と個別企業株に投資されている。好景気の時のリターンはかなり大きい一方、市場が激しく動いてもリスクがいつも相殺されているので、世界恐慌のようなひどいことにならない限り、とんでもなく目減りすることはないだろうと感じている。米国一般投資家の気分は、私の感覚に近いと思う。

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