急浮上した略奪文化財返還問題

執筆者:西川恵2001年1月号

 イタリア政府はファシスト政権時代にムッソリーニがエチオピアから略奪したオベリスク(古代エジプトの石柱)を近々、返還することを決めた。 このオベリスク(高さ二十四メートル)はローマ市内の国連食糧農業機関(FAO)本部前のポルタ・カペーナ広場に立っている。エチオピア文明の揺籃期の二―四世紀のものとされ、ムッソリーニがエチオピアを併合した翌年の一九三七年、エリトリア国境に近い歴史都市オクスムから略奪し、ローマに運んで現在の場所に立てられた。第二次大戦後、エチオピアは再三返還を求め、九七年に一時まとまりかけたが、エチオピアとエリトリアの国境紛争を理由に先延ばしされてきた。 昨年十二月半ば、エチオピアを訪問したイタリアのシェッリ副外相は経済援助協定を結び、友好の証としてオベリスクの返還を確約。政府から輸送方法などを諮問されていたイタリアの専門家は一月上旬、ローマに持ってきたときと同様、三つに切断して船か飛行機で運ぶことを提言した。 ポスト冷戦において文化交流は外交の重要な柱となっている。政治、経済体制の差異がなくなったグローバルな世界では、文化は国家、民族のアイデンティティーを示す重要なシグナルになり、国同士の相互理解に文化が果たす役割はますます大きくなっている。これまであまり表沙汰にならなかった歴史的な文化財の返還問題がそこここで持ち上がっているのも、こうした新しい時代の文化のありようと密接にからんでいる。

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