中国政府が警戒強める「法輪功」の動向

執筆者:立山良司2001年2月号

 中国では古来、宗教集団の反乱が時の権力を根底から揺るがした事例が多い。二世紀に起きた「黄巾の乱」は後漢の滅亡につながったし、十九世紀には洪秀全の率いる宗教結社が「太平天国の乱」を起こし、一時権力を打ち立てた。そうして現在、中国共産党は「法輪功」の存在に神経を尖らせている。今年一月にも約千人のメンバーが香港で集会を開いたが、開催許可が出されたことに中国政府は苛立ちを強め、香港をめぐる「一国二制度」に新たな波紋を投げかけた。 法輪功(法輪大法研究会)は一九九二年に李洪志によって結成された。李洪志は九八年以降、米国に住んでいるが、もともとは五二年に吉林省で生まれた。四歳で気功の修行を始め、その後も各地で修行を積んだといわれる。 法輪功を一躍有名にしたのは九九年四月に北京の中南海で起きた、当局の規制に抗議する約一万人の座り込み事件だった。事件は二重の意味で中国共産党や政府に衝撃を与えた。第一に公安当局がほとんど把握していない中、一万人ものメンバーが忽然と北京市内に姿を現し、座り込みを始めたことだ。このことは法輪功の十分な組織力と意思伝達能力を物語っている。もうひとつはごく短期間に、中国国内だけでも共産党の党員数(六千三百万)を上回る約七千万人の会員を獲得し、全世界では一億人を擁するといわれる組織に急成長したことだ。中国政府はその後、国内メンバーは二百万人に過ぎないと発表したが、参加者には党や政府の高官も多数いたようだ。

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