数学と法律のあいだ

執筆者:久保利英明2001年7月号

「3以上の自然数nに対してx^n + y^n = z^nを満たすような自然数x、y、zはない」 nが2であった場合にピュタゴラスの定理として有名なこの方程式は、「nが2より大きい場合には整数解を持たない」と、十七世紀のフランスの数学者にして高等法院の参事官であったフェルマーによって主張された。フェルマーはディオファントスの「算術」の余白に“私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない”という記述を残して、三世紀にわたり数学者を挑発したが、最後まで証明されることがなく、「定理」に至らない「フェルマーの予想」に止まっていた。『フェルマーの最終定理』(新潮社)は三百五十年におよぶ数学者たちの挑戦と挫折の歴史を描きながら、挫折の中から生まれた様々な手法を落ち穂拾いのように拾い集めながらついに証明にたどり着いた、アンドリュー・ワイルズの苦闘と栄光を物語るドキュメンタリー・サスペンスである。彼は七年にわたる屋根裏での孤独な研究の末に、一九九三年に一旦「フェルマーの最終定理」の証明を発表し世界中の称賛を浴びた途端、重大な証明の誤りが発見されて、物笑いの種にされたが十四カ月の不屈の努力により、不死鳥の如く新しいアプローチによって一九九四年、完全な証明を成し遂げた、

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