ブランド産業が巨大ビジネスになる中で、デザイナーの役割が劇的に変わりつつある。 グッチの新宿ブティックには、サーフボードやギターが並んでいる。それらは紛れもなくグッチブランドであり、店のアクセサリーではなく実際に売られている商品である。「ヘェー、グッチがサーフボードねぇ」などと感心するのはまだ早い。しばらく前までは、グッチのコンドームケースなるものまで売られており、感心どころかギョッとしたものだ。 こうした「サプライズアイテム」は、ブランドのPRにはもってこいだ。第一に、話題になるから雑誌やテレビで取り上げられやすい。第二に、店の雰囲気に活気を与えられる(有名ブランドの最近の有力ブティックは三百坪クラスが普通になっているから、商品のバラエティが必要)。第三に、これが最も重要な点だが、そのブランドが現代の多様なライフスタイルに対応できるMD(マーチャンダイジング=商品政策)を持っていることを証明出来るからである。ファッション業界の「司令塔」 グッチのこうした商品政策を全て統括しているのが、一九六一年テキサス生まれのアメリカ人、トム・フォードである。一時は俳優を目指したこともあるこのハンサムな男を、グッチブランドの「チーフデザイナー」と呼ぶのは適当ではない。それは、彼がグッチ社の取締役を務め、少なからぬ株を保有しているからだけではない。上記のようにブランドのコンセプト、そのシーズンのブランド全体の方向性を決定する役割は、従来の意味での「デザイナー」とは根本的に異なるからだ。フォード自身は自らのポジションを「クリエイティブ・ディレクター」と名付けている。

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