統一通貨の番人ECBに仕掛けられた時限爆弾

執筆者:戸川秀人2002年2月号

初代ECB総裁の退き際はユーロ誕生時の密約を白日の下に晒した。背後にある独仏の確執。二大国の軋みが統一通貨の将来に影を落とす。 場所はドイツとベルギーの国境に近いオランダのマーストリヒト。九二年に欧州連合(EU)各国代表がマーストリヒト条約に調印した「通貨ユーロ発祥の地」だ。二月七日、ここでユーロ圏十二カ国の金融政策を担う欧州中央銀行(ECB)のドイセンベルク総裁は二〇〇三年七月に辞任することを唐突に発表した。 中央銀行の総裁が約一年半も先の引退を発表するのは極めて異例。この先、総裁がレイムダック化し、金融市場やECB内部で求心力を失うのは火を見るより明らかだ。ただ欧州金融関係者の間では、発表のタイミングは別として、辞任そのものを意外視する雰囲気はない。ドイセンベルク総裁に対して、トリシェ仏中銀総裁という最有力の後継候補を擁するフランス政界を中心に、すでに執拗な辞任圧力がかけられていたからである。「妻にしか相談しなかった。全く個人的な理由による辞任だ」。総裁は記者会見でぎこちなく笑ってみせたものの、ECBウォッチャーの目には「個人的な理由」などでなく、「辞任発表に追い込まれた」というのが真相なのは明白。「勇退を決断されたドイセンベルク総裁を尊敬する。残りの期間、フランスは総裁を全面的に支援する」――。シラク仏大統領がパリで発表したこのコメントを耳にして、ECBのある幹部が苦虫を噛みつぶしたような表情を見せたことが、それを物語っていた。よくもまあ、白々しくも……といったところだろう。

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