追い詰められた「パルチザン国家」

執筆者:黒田勝弘2002年11月号

拉致を平然と繰り返してきた“ゲリラ国家”が、ついに犯行を認め「謝罪」した。命運を握った日本は、北の変化を促したと後世に評価されるような交渉態度を貫けるのか。[ソウル発]横田めぐみさんをはじめ多くの日本人が北朝鮮に拉致されていたころ、韓国の有名な映画監督の申相玉氏と女優の崔銀姫さんも北朝鮮に拉致された。二人は元夫婦で北朝鮮での八年間の抑留生活の後、無事脱出に成功した。二人の手記は日本では『闇からの谺』(池田書店、一九八八年刊)として出版され、話題になったが、その冒頭に崔銀姫さんが香港経由で北朝鮮に拉致されてきた経緯が詳しく書いてある。「わたしはついに北朝鮮の地を踏んだ。一九七八年一月二二日午後三時頃。永遠に忘れることのできない日だ。桟橋を渡ると、前の人たちについて歩いた。ところで、まわりから『偉い人が現れた』とひそひそ話をする声が聞こえた。……前から誰かがこちらに向かってコツコツと歩いてくる音が聞こえた。そして、少し太めの男性の声が聞こえた。『ようこそ、よくいらっしゃいました。崔先生、わたしが金正日です』彼は手を差し出し、握手を求めた……」 現場は平壌からほど近い南浦港の桟橋だった。金正日氏は香港から工作船に乗せられてきた崔銀姫さんを、わざわざ出迎えにきていたのだ。彼は崔銀姫さんの大ファンだったという。

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