テロが戦争の主流になる予感

執筆者:徳岡孝夫2002年12月号

 救い出された人質はようやく語り始めたが、モスクワの劇場で起きた惨劇には不明な個所が多い。 まず人質に取られた観客の数が、六百人から九百人まで諸説ある。劇場を乗っ取ったチェチェン武装勢力の数も、約五十人。さらに最大の謎は、救出作戦に使われたガスである。「全身が動かなくなり、指も動かせなくなったと思ううちに意識を失った」と人質の一人は語った。ロシア政府がガスの成分を明かさないから、病院は治療法が判らなかった。死者百十九人。うち銃弾で死んだ者は、たった二人ないし十人だそうである。 水も食物も乏しく、オーケストラピットをトイレにして監禁四日目の夜、一人の少年が「オカーサン」と叫んで通路を出口の方へ走った。ゲリラがその子を撃った銃声を聞いて、ロシア特殊部隊は救出作戦を開始し、まずガスを通風孔などから注入したらしい。 犯人の中の女(ロシア軍に夫を殺されたチェチェン兵の未亡人だという)が人質と交わした会話から推して、最初から彼らは死ぬ覚悟だった。つまり自爆テロ。いわば「ロシアの9.11」だった。 ワシントンの郊外では、十人が次々に狙撃されて死んだ。ガソリンスタンドで給油しようとした人、勤務に就こうとしたバス運転手、犠牲者はみなごく普通の市民である。捕った二人のうち主犯格ジョン・アレン・ムハマッドは湾岸戦争に従軍した元兵士で、イスラムへの改宗者だそうだが、なぜ何の関係もない人々を撃ったのか、動機が判らない。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。