マレーシアを脅かすシンガポールの水戦略

執筆者:大塚智彦2003年1月号

「水」をめぐるシンガポールとマレーシアの激しい駆け引きは、新たな展開を迎えた。シンガポールの再生水製造プラントが、両国の包括的な交渉の行方を左右する可能性も出てきた。[シンガポール発]森の中、清流にたたずむ野生のシカが、突然流れに「放尿」する。その流れは、川を下り、排水溝を抜けるたびにゴミや廃棄物が混じり、見るからに汚れた水へと姿を変えていく。そして、ミネラルウォーターの工場の場面が現れ、流れるような生産ラインが続く――これは、シンガポールで九月下旬に公開されたジャッキー・チェン主演のハリウッド映画「ザ・タキシード」の冒頭部分である。その後の展開は映画を実際に見てもらうとして、シンガポール国民がこの冒頭シーンを複雑な思いで見たことは疑う余地がない。というのも、シンガポールの人々にとって、今、「水」が最大の関心の的であるからだ。 資源に乏しいシンガポールは農作物、魚、肉類など食料の大半を輸入に依存しているが、水も例外ではなく、隣国マレーシアから大量に輸入している。マレーシア・ジョホールバルとの間を結ぶ陸路コーズウェイの脇には太い水道管が走っており、シンガポールはこの水を工業用水や浄化して飲料水に利用している。この水道管は、シンガポール国民にとっての「源泉」ともいえるのだ。

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