魔物に出会う都市、上海

執筆者:森田靖郎2003年3月号

 二十世紀初頭、上海に魔都の扉があるといわれた。 この扉をくぐると男たちの過去はすべて清算され、無国籍の冒険者として新しい人間に生まれ変わることができるというのだ。 人は、その扉の向こうを「冒険者の楽園」とか「黄金郷」、また「魔都」ともいった。「男を変え得るものは、三つしかない。革命、麻薬、そして女」 確かフランスの作家ポール・ニザンの言葉だったか。幸か不幸か、上海にはこの三つがミクスして同居していた。 赤いバイク・幸福号に乗って上海にやってきて、銀のロールスロイスで上海を出て行った“伝説の冒険者”を私は知っている。この数年、男は内陸から出稼ぎ目的でやってくる「民工」の手配師の老板(親方)・工頭として、数千人の民工を支配下に置き、月に数百万元(数千万円)を動かしてきた。ニューバンド(外灘)といわれる上海の新都心・浦ー東の光景を一夜にしてニューヨークまがいの摩天楼に変えてしまった都市の改造は、この男の手によるところが大きいと聞いた。 私がこの伝説の男と会ったのは、租界時代の名残りである娯楽の殿堂「大世界」の前だった。彼が福建の蛇頭から上海の改造男へと生まれ変わった背後には、「要銭不要命(カネがあれば命は要らない)」、出稼ぎたちのアンダーワールドの人脈が渦巻く。

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