米朝不可侵条約の「複雑怪奇」

執筆者:徳岡孝夫2003年3月号

 少し寒いのは土地がら仕方ないが、総書記金正日氏はこのごろ快適な日々だろう。「指導」に行く先々で、迎える民は笑顔を見せ、手を振り、自分を称賛する。テレビは朝から晩まで、自分を英雄だと報じている。先日は百万の民が、彼の当面の敵アメリカを、声そろえて罵った。ニュルンベルク党大会のヒトラー、革命記念日のスターリンも上機嫌だった。独裁者はみな機嫌がいい、元気なうちは。 彼は自分を仰ぎ見、自分に拍手する万余の群衆を見渡し、世界人民みなこうなんだと錯覚する。俺様は偉いんだぞ。 実は民は飢え、はだしで凍った川を渡って逃げているが、そういう話は独裁者の耳に届かない。彼は、自分がアメリカのブッシュと対等だと思っている。いやブッシュは国民に嫌われないよう公の場では背広にタイを締めるが、俺は民を恐れる必要がない。だからジャンパーのポケットに両手を突っ込んで平気である。俺の方が偉い……。 金正日はいま、アメリカが「御希望どおり不可侵条約を結びましょう」と言うのを鷹揚に待っている。韓国の外相や金大中の特使など雑魚は相手にしない。 日本の暖房のきいた部屋にいるわれわれは、偉大さの自覚症状がないかわり謙虚に過去に学び、過去の教訓を覚えている。不可侵条約? おお、それなら思い当たることがある、とピンと来る。

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