低迷が続く電機産業で目覚め始めた「戦力」

執筆者:フォーサイト編集部2003年4月号

顧客に一番近いのは工場――。市場のニーズを掴むためのアンテナとして、生産部門の役割が見直されている。モノ作りで培ってきた人材とノウハウこそが、企業の進むべき針路を最も敏感かつ柔軟に探り当てる「戦力」になるはずだ。 沖電気工業の国内製造機能が集約されている本庄生産センタ(埼玉県本庄市)。昨年四月に社内分社として歩み始めた生産サービスカンパニーの本社機能も担うこの工場の生産フロアを歩いてゆくと、不思議に統一感のない印象に少し戸惑うことになる。ここでは高い生産効率を実現するために、各従業員が複数工程を担当するセル生産方式を採っている。近年、日本の製造業に目立ち始めたこうした工場独特の、パイプ組みが目立つ小さな生産ユニットの連なりだけが違和感の原因ではないだろう。 フロアが乱雑なのでもない。よくみれば従業員たちの作業着が、一定のスペースごとにデザインから違う。曇りガラスのはまった衝立で視線から遮られている場所が方々に点在している一角もある。しばらくするうち、不思議な違和感はそういうことに根ざすのだと納得がいく。 日本最初の通信機器メーカーとして百二十二年前に創業した沖電気は、富士通、NECとともに「電電ファミリー御三家」と呼ばれた。電電公社(現NTT)向けの電話交換機を主力製品として、電機産業の中核技術を開発してきた歴史がある。一九六二年に設立された本庄生産センタも、機械式交換機の製造工場としてその第一歩を踏み出している。機械式交換機からアナログ電子交換機、さらにデジタル通信機器へと通信産業のニーズが移り変わるとともに沖電気の主力製品はシフトし、一方でシェア日本一を誇るATM(現金自動預払機)などの情報端末でも地歩を築き上げた。

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