国を生んだ歌劇場

執筆者:大野ゆり子2003年6月号

 ヨーロッパの歌劇場というと、着飾った紳士、淑女が集まる、優雅で気取った空間を想像される方が多いと思う。こうした上品な社交場としての一面ももちろんあるが、むしろ、いわば「おらが街の劇場」といった愛着をオペラハウスに対してもってくれる天井桟敷のファンが、オペラハウスを前世紀の遺物となることから救い、現代にふさわしい空間として息を吹き込んでくれている。 友人が昔、ミラノのスカラ座に行った時も、公演中に天井桟敷でひと騒ぎおきたという。その日の演目はヴェルディで、主役は世界的に有名なテノールだった。彼は噂によると譜面が読めず耳で覚えるタイプの歌手だそうで、その日はどういうわけか、恰幅のいい巨体から、か細い頼りなげな声しか出てこなかったという。有名なアリアが終わった瞬間、「お前のせいでヴェルディは今晩、墓の中で泣いてるぞ!」と声が飛ぶ。と思うと、他方から「じゃあ、お前自分で歌ってみろ!」と言い返す者がいて、天井桟敷はつかみあいにならんばかりの騒動になったという。イタリアを旅すると、ヴェルディを諳んじて美声で歌ってくれるタクシーの運転手さんによく会うが、彼らにとって、ヴェルディのオペラは、とても身近な存在なのだ。

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