南部、もうひとつのアメリカ

執筆者:渡部恒雄2004年2月号

 昨年の暮れは家族そろって流感に罹り、正月料理の準備どころではなかった。見かねた隣人の主婦メアリーが、アメリカ南部の正月の「縁起もの」を我が家のために持ってきてくれた。ホッピン・ジョンという「ささげ豆」の煮込み料理で、白いご飯の上にかけて、お好みでタバスコ等で辛くして食べる。脂っこくない素朴な味とスパイシーな味付けは食欲を刺激し、病気で弱った我々日本人の胃にも優しかった。 アメリカでは、感謝祭やクリスマスには家族が揃い七面鳥の丸焼きなどの豪華なディナーを食べるが、正月はほとんど何の風習もない。しかし、このホッピン・ジョンは、正月に家族揃って食べるとその家に福を呼び込むという言い伝えがあり、アメリカ南部の正月料理として生き残っている。 ホッピン・ジョンという名前の由来には二つの説があるようだ。一つはジョンという客を食事に招いたホストが、「ホップ・イン、ジョン」(ジョン、さあ早く中に入って)といったことから来ているというもの。もう一つは、子供達が食事の前にテーブルの前で一度軽く跳ねる、という古い風習から来ているというものである。 アメリカの食文化はあまり魅力的とは言い難いが、フランス文化の影響が残っている南部は趣が異なる。かつてジョージア州サバナで飛び込みで入った南部家庭料理の店では、「本当にここがアメリカか?」(失礼)と思うほど美味しいものが次から次へと出てきた。食事だけでなく、南部にはサザン・ホスピタリティー(南部風のもてなし)という言葉があるほど人々は親切であり、マンハッタンでのぶっきらぼうな対応を知っている人間には、「これが同じ国か」と思うほどの差がある。

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