衝突と流血のイラクを鳥瞰する

執筆者:池内恵2004年6月号

すでに国家再建への道筋はみえている。人質事件も米軍との戦闘も、すべて各勢力が自らの地歩を最大化する動きに過ぎない。 五人の無事解放という形で終わったイラクでの日本人人質事件は、一当事者として日本国民がイラク情勢を真剣に見つめる機会を与えた。しかし十日間の人質救出劇の間になされた報道や論評によって、日本のイラク情勢認識はどれほど深まったのだろうか。イラク政治の基本的な動きを規定する政治文化的なパターンや、現在の状況を規定している枠組みと政治日程、その中での対立軸と争点はどれだけ理解されたろうか。それらを踏まえた上で人質事件がどのような意味をもつかをとらえ、適切な対処を検討していく姿勢が必要だったはずだ。 衝突や流血といった事象のみを伝える報道とは矛盾するようにみえるが、実際にはイラクの主流派各勢力とブッシュ政権の利害は大筋で一致している。どちらにとっても六月末の速やかな主権移譲が何よりも望ましい。大統領選挙を控えるブッシュ政権は、イラク政策の「成果」として日程は変えられない。イラクの各宗派・民族の主流派・多数派を束ねる指導者層にとっても、主権が一日も早く戻るに越したことはない。にもかかわらず対立と衝突が続くのは、結局は個別具体的な権限や地位をめぐって、イラクの各勢力がそれぞれの主張を譲らず、武力の行使や威嚇を伴う要求を繰り出し続け、それが間歇的に衝突をもたらすという状況があるからだ。

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