現在、東京国立近代美術館でジャクソン・ポロック展(2月10日-5月6日)が開かれている。生誕100年、いまも絵画の世界に多大な影響を与え続けているアメリカン・アートの巨匠だが、世界から集められた作品の充実ぶりもさることながら、興味深いのは展覧会での米国とイランの呉越同舟だ。
 ポロックは1912年に中西部ワイオミング州に生まれ、1956年に飲酒運転による自動車事故で44歳で亡くなった。床に広げたキャンバスに塗料を流し込み、刷毛などで叩きつけるように塗料を撒き散らすポーリングの技法で知られる。ピカソのキュービスムを中心としたそれまでの現代絵画の潮流を超えた新しい抽象表現主義を決定づけた画家として位置づけられている。

イランにあったポロックの最高傑作

インディアンレッドの地の壁画 1950年 テヘラン現代美術館 Tehran Museum  of Contemporary Art
インディアンレッドの地の壁画 1950年 テヘラン現代美術館 Tehran Museum of Contemporary Art

 今回の回顧展には米国のニューヨーク近代美術館をはじめ、日本を含む英国、オーストラリアなど各国から64点の作品が集められたが、案内ポスターには〈特別助成・アメリカ大使館、後援・イラン大使館〉と、国際政治で角を突き合わせる両国が名を連ねる。米国は資金面で助成をし、イランはポロックの最高傑作で、回顧展の目玉となる「インディアンレッドの地の壁画」を出品したからだ。現在、約200億円の評価額を得ている絵である。  主催者である国立近代美術館と読売新聞社がポロック展の企画準備に入った2、3年前、たまたまイラン政府から「我が国の美術館が日本と文化交流を望んでいる」との連絡が日本政府に入り、国立近代美術館に伝えられた。  同美術館の中林和雄企画課長はポロックの専門家で、テヘラン現代美術館に「インディアンレッドの地の壁画」があることを知っていた。「イランから話があるまで借りられるとは思ってもいませんでした。なにせ米国の画家の絵ですから」。メールで交渉をするとOKが出た。それも借用料はいらないという破格の条件だった。  1950年完成の「インディアンレッドの地の壁画」はニューヨーク近代美術館絵画彫刻部長で、美術評論家のウィリアム・ルービン氏が所有していたが、76年にイランのパーレビ国王のファラ王妃が購入し、テヘラン現代美術館の所蔵となった。王妃は大の美術愛好家で、ピカソ、ゴーギャン、モジリアニ、ジャコメッティなど世界的な名画数十点を集めていた。  しかし3年後の79年、イラン革命で国王一族は国外に脱出。王妃が収集した絵画類は「米欧の腐敗した文化」として一時期、倉庫にしまわれたままになった。世界の美術界にとっては垂涎の的だが、「イランだから借りるのは無理だろう」と、過去にスイスの美術館にピカソが貸し出されただけ。もちろん「インディアンレッドの地の壁画」が国外に出るのは初めてだ。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。