その“事件”が起きたのは三月二十三日夕、ブリュッセルでもたれた欧州連合(EU)首脳会議初日のオープニング・セッションでだった。 EU二十五カ国首脳と財界・労働団体トップの経済会合で、フランス人のエルネスト・アントワーヌ・セリエール欧州産業連盟会長が演壇に立った。会長はまずフランス語で挨拶をし、英語に切り替えてスピーチをはじめた。すかさずシラク大統領から厳しい声が飛んだ。「きみはなぜ母国語ではなく英語でスピーチをするのか」。「英語はビジネス用語だからです」とセリエール会長は演壇から弁明した。 シラク大統領は荒々しく立ち上がり、呆然とする他の首脳らを尻目に、ドストブラジ外相、ブルトン財務相を引き連れて会議場を出て行った。大統領が戻ってきたのは十五分後、フランス人のトリシェ欧州中央銀行総裁がフランス語でスピーチを始めてからだった。 翌二十四日、EU首脳会議終了後の記者会見で、大統領は退場についての質問にこう答えた。「フランスはフランス語の優位を確立するため懸命な努力をしている。これは世界の文化にも利益となることで、世界が一つの言語の上に築かれたら文化は衰退する。だからフランス人が英語で演説するのを見て、私は強い不快感を覚えたのだ」。

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