エジプトのコプト問題に不穏な兆しがある。コプト教とは、キリストの人性と神性の区別を認めず単一の性質のみがあると説く「キリスト単性論派」の立場を取ったことで四五一年のカルケドン公会議で異端と宣告され東方正教会から分離した、エジプトに固有の教派である。七世紀のイスラーム教徒軍によるエジプト征服以来コプト教徒の比率は減り続けてきたが、なお人口の五-一〇%を占める。また、そのうち約一割は欧米に移住しているとみられる。  昨年十月十九日にはアレキサンドリアで、イスラーム教過激派を批判する劇を収録したDVDがコプト教会で販売されたことを冒涜ととらえたイスラーム教徒が、尼僧をナイフで刺す事件があった。さらに同月二十一日には五千人規模のイスラーム教徒群衆が聖ギルギス教会を攻撃し、衝突で三名が死亡した。今年四月十四日にはアレキサンドリアの三つの教会の礼拝に、ナイフを持ったイスラーム教徒が押し入り、一人が殺害され、報道では十七人が負傷したとされる。犠牲者の葬儀が、犯人を精神異常と認定する当局の姿勢に抗議するデモに発展、その弾圧でさらに死者が出た。  エジプトでコプト教徒への「差別」や「偏見」はあるのか、「宗派紛争」が存在するのか、ということ自体、言及するのは非常に困難である。エジプトでは差別も偏見も、宗派紛争も「存在しない」というのが支配的通念であり、イデオロギーであるからだ。

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