メルケル首相(左)にとって苦渋の決断だった、イェンス・シュパーン氏(右)の保健相起用。獅子身中の虫となるか  (C)AFP=時事

 

 「反メルケル急先鋒シュパーンを取り込むか」。これこそが今回の人事の焦点だった。

 ドイツの連立政権は、実はまだ発足していない。3月4日に社会民主党(SPD)党員が連立の是非を判断する。それにもかかわらず、その1週間前の2月25日、アンゲラ・メルケル首相はキリスト教民主同盟(CDU)の閣僚人事を発表した。この人事でイェンス・シュパーン財務次官が、保健相に抜擢されたことがわかった。

若返りの「象徴」

 2月7日、SPDとの連立合意が妥結してから、CDUの党内は批判に荒れた。「メルケル首相はSPDに過度な譲歩をした」「CDUの牙城の財務相を明け渡すとは何事か」「メルケル首相は若手にその座を譲るべきだ」――。かくして、「若返り」が党内の合言葉になった。

 批判派は、2月25日を閣僚人事発表の期限に定め、メルケル首相に迫った。翌26日にはCDU党大会がある。要求が容れられなければ、党大会で連立合意を葬るとのあからさまな脅しである。その若返りの「象徴」がシュパーン次官だった。37歳。CDU保守派のホープ。メルケル首相は、党内で起こった「シュパーン次官を入閣させよ」という要求をのんだのである。

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