現在もなお戦争がつづいているロシアによるウクライナへの侵攻は、私たちにいくつかのことを教えている。そのひとつは、国家、国民、民族というものが、その時代の政治的関係のなかから生まれ、たえず再創造されていく動的なものだということだった。

不明確な「スラブ人」という概念

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、スラブ系ロシア人、ベラルーシ人、ウクライナ人は同じスラブ人、もしくはスラブ民族だと考えているようである。だからこの3カ国は一体であるべきだ、と。

 ところが実際には、スラブ人という生物学的な意味での人種は存在しない。それはスラブ語系の言語を使う人たちという意味である。西ヨーロッパではラテン語系の言語を使う人々が多いが、だからといってラテン人という言葉やラテン人はひとつの国家であるべきだという人はほとんどいないだろう。

 スラブ人もそのようなものにすぎないのだが、さらに、その起源や歴史も明確ではない。600年代にルーマニアにいた農耕民が始原だという説が強いが、この説も確定されたものではない。一応この説にしたがうなら、このスラブ語を使う人たちが東欧や北欧に広がっていった。そのなかのスカンジナビア半島にいた人たちの一部がロシアに移り、社会の支配的な人々になって、後に各地に豪族権力を生みだしていった。

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