『ヨーロッパの言語』泉井久之助著岩波新書 1968年刊(現在は古書としてのみ入手可能) 本書は、ヨーロッパの諸言語を、特に歴史的な観点から解説したものである。ヨーロッパの諸言語を対象とする歴史的な研究は、「比較言語学」と呼ばれる言語学の分野であり、本書でもその研究成果を随所で紹介してはいる。しかし、本書の目的は比較言語学の解説ではない。ヨーロッパ、そして全世界の思想と学問の流れを決定したとも言えるギリシアとローマの言語、つまりギリシア語とラテン語が、いかにヨーロッパの諸言語の歴史的進展に影響を与え、ヨーロッパ文明の形成と彫琢に寄与したのかを伝えることが、著者の意図であったのだろうと推察される。 言語学の教えるところでは、意味を伝達する手段として、すべての言語は同様に複雑であり、同様に単純である。すなわち、任意の二つの言語をその全体において対照した時、一方が他方より複雑だとか単純だとかを決定することはできない。言語学者である著者も、その点は十分に承知しており、本書にもこれに関する正しい言及がある。しかし、言語によって表現された人間の知的活動の成果という側面にひとたび目を転ずれば、言語の間には明らかに格差が認められる。著者によれば、ヨーロッパ諸言語の中で、最大の知的成果を表現しえた言語はギリシア語とラテン語である。

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