私が大学に入ったのは1970年代で、キャンパスにはまだ学生運動の余香が燻っていた。当時楽しみにしていた授業のひとつに、新進気鋭、西川潤助教授の講義があった。今まさに執筆中の課題について、現在進行形の臨場感で語る西川先生の講義はたいへんおもしろく、私をこの分野に導いてくれた。
 西川先生の主著は1976年に出版された『経済発展の理論』である。これには、いわゆる大陸経済学(ドイツやフランス発祥の経済学)の思想が横溢していて、そのなかには当然マルクス主義も含まれている。苦しい独立闘争を勝ち抜いたばかりであった途上国への共感が基層を流れ、先進国に対しては批判的であった。いってみれば、世界経済を国際的な搾取のシステムとしてみる考え方だ。
 日本の開発論はまだ緒についたばかりの時代だった。国際経済学の川田侃教授が東大から上智大学に移って、西川先生同様、南北問題について盛んに論考を発出していた。当時は途上国問題=南北問題だったのである。

 南北問題の議論は「世界経済」なるものが実在するという想定を基盤にしているのだが、「世界経済」という概念はイギリス発祥の経済学にはなく、ネオマルキシズムのなかにあった。当時の大学では、マルクス主義の先生は「世界経済論」という講座をもち、“近代経済学”の先生は「国際経済学」の講座をもっていた。それは、「経済原論」といえばマル経で、「理論経済学」といえば近経だったのと同じだ。だから、南北問題の議論は、一言でいえば左翼の議論だったのである。もう少し詳しくいえば、マルクス主義の素養がなければうまく消化できないものだった。

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