「ブルーローズ・ケース」

執筆者:最相葉月2001年6月号

 デヴィッド・リンチの『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の七日間』という映画をご存じだろうか。美女ローラ殺人事件をめぐる小さな田舎町の人間模様を描いた作品だが、ここでは物語を覆う重要な鍵として青いバラが登場する。たんなる金銭目的や怨恨ではない犯罪、精神領域にまで踏み込まなければ解決の糸口さえつかめない犯罪を、FBI捜査官たちは「ブルーローズ・ケース」と呼んで警戒した。 映画とは直接関係はないが、私は、現代の科学技術と人間社会の間には、まさにこの「ブルーローズ・ケース」ともいうべき複雑な問題が横たわっているように思えてならない。その代表格がクローン人間であり、ヒトゲノム解読や遺伝子診断など生命科学をめぐる諸問題である。つい数年前には考えられなかったことが、科学技術の急速な進歩によって可能になった、あるいは、時々刻々と可能性が高まっているために引き起こされるものだ。 九七年二月に英科学誌「ネイチャー」がクローン羊ドリーの誕生を発表したときから、クローン人間は現実のものとして現れた。日本も、人間の育種、個人の唯一性侵害、安全性などを理由にこれを禁止し、この六月には法律が施行された。だが、法規制はあくまでも便宜的な手段。規制のない国に行けば、自由にできる。アメリカやイタリアの医師らがクローン人間づくりを宣言したとき、彼らは「倫理は人によって違う」といい、患者の希望を叶えるのが医師の役目だと主張した。

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