誰が「アラブ世論」を歪めているのか

執筆者:池内恵2002年9月号

「テロはアメリカ・ユダヤの陰謀」といった言説がアラブ世界ではいまだ支配的だ。非現実的な状況がなぜ続くのか。現代アラブ思想の潮流に理由を探った。 テロを一つの帰結として持つような心性を社会が胚胎してしまったという事実にどう立ち向かい、克服するか――。 これはテロ後のアラブ思想の大きな課題であり、9.11事件はアラブ世界に自己検証を促す機会となりえたはずだ。少なくともテロの実行犯がアラブ諸国の人間であり、イスラーム教の特定の解釈に支えられていたことは間違いない。逸脱した精神状態の者が予測不可能な事件を起こしたものでもない。しかし、アラブ世界では、テロという行動は別としても、それを正当化する論理展開自体はごく当然のものと受け止められている。 9.11事件以降のアラブ思想の大勢は「拒絶と反駁」を基調としている。近年、アラブ世界では、宗教的な排外的国際政治観が力を増し、イスラーム世界を脅かす「陰謀」の「犠牲者」として自らを位置づける傾向が支配的だった。ところが、9.11事件によって「犠牲者」から「加害者」へと立場が一転し、アラブ世界はアイデンティティーの危機にさらされた。そこから生じたのが、提示されたあらゆる証拠を反射的に拒絶することで平衡を保とうとする動きだった。

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