エルベ川の洪水で団結するドイツの「東と西」

執筆者:大野ゆり子2002年10月号

[ブリュッセル発]「十二年という歳月が、一挙に逆戻りしてしまいました。また、ゼロからのスタートです」と、デッサウ市の職員は、電話の向こうでため息をついた。一九二〇年代にユニークな建築家養成機関として脚光を浴び、モダニズム建築の基礎を築いた「バウハウス」校舎で有名なこの街は、つい最近、修復作業を終え、これから本格的に観光客誘致へと乗り出すところであった。モダニズムが東独政府から敵視されたため廃屋になりかけていたバウハウス建築の数々を修復し、ゆるやかに流れるエルベ川沿いの自然公園とともに、観光の呼び物にしようと計画していたのだ。 東西統一から十二年。八月中旬から下旬にかけて起きた「世紀の大洪水」は、やっと指針が見え始めた旧東独地域を、情け容赦なく襲った。統一後に、旧東独地域開発のために使われた国家予算は九千億ユーロ。ところが今回の災害で、デッサウ、ドレスデンなどの都市はもちろん、エルベ川沿いのほとんどの地域で、宅地やインフラが、統一前の一九九〇年の状態に戻ってしまったといわれる。 一方で、被災地の様子がニュースで連日映し出されるにつれ、統一以来初めてといえる「東西の一体感」が国民の意識に芽生えたのも事実だ。休暇を取りやめてエルベ川の堤防に土嚢を運びに行く西側の若者や家族連れも少なくなく、マスコミは人材が適材適所に派遣されるよう、被害者と援助提供希望者の双方に向けてホームページを開設した。援助できる期間と自分の適性を記入すると、どこが援助を必要としているかメールで回答がくるシステムだ。ほとんどの週刊誌が、即座に特別編集号を出し、その収益を全て被災者に寄付。BMW、オペルなどの大企業も、寄付金のほか、インフラが破壊された地域で、水が引いた後の片づけ作業のために三週間、自動車を無料で貸与するなどの援助を即断した。一般の募金も洪水の被害が始まった一週間で一億ユーロが集められ、普段は財布の紐が堅いといわれるドイツ人自身を驚かせているほどだ。

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