書家で文明的観点から発言を行なっている石川九楊氏は、日朝首脳会談をテレビで仔細に見た。 小泉、金正日の両首脳が握手を交わしたとき、手を握り合ったのはほんの短い一瞬で、二人がすぐにぎごちなく手を離したことを石川氏は見逃さなかった。「あれではダメですね。せっかくの歴史的会談の出会いが気合もなく、帳消しになってしまった」。 もう一つ氏が指摘するのは、金正日総書記が「朝早くから平壌にお越しいただいて、うれしいというよりもホストとして申し訳ないと思います」と異例の挨拶をしたことに、小泉首相が黙ってうなずいたことだ。「あそこで首相が軽妙に受けとめて、寸鉄人を刺す言葉で切り返していたら、首相は大器を備えた政治指導者としての評価が定着しただろう」。会談に入る前、拉致された十一人のうち八人が死亡していると知らされたショックが尾を引いていたのだろうが、「危急にあっても大局観を失わないのが政治指導者」と氏は言う。 プロトコール(儀典)の観点から眺めると、日朝首脳会談は極めて異例なものだった。儀礼は外交交渉を円滑に進めるための取り決めである。金正日総書記はどこで小泉首相を出迎え、握手するか。午餐会、合意文書署名式の後の乾杯をどうするかなど、本来だとこと細かに決められる。とくに国交樹立という未来志向の交渉では、儀礼がいろいろと考えられ、過去の行き違いを緩和する工夫がされるのがふつうだ。

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