緒方貞子さんが語ったこと

執筆者:東野真2003年8月号

「現時点で先制攻撃をしなければならないという理由は、私には見いだすことができませんでした」 今年四月下旬、イラク戦争について尋ねたとき、前国連難民高等弁務官の緒方貞子さんは電話口でそうきっぱりと言い切った。「軍事力行使の本当の結果が問われてくると思います」。 拙著『緒方貞子――難民支援の現場から』(集英社新書)は、これまでNHKスペシャルなどの番組のために行なってきた緒方さんへのインタビューをもとに、過去十余年における彼女の活動と決断の軌跡を描いたものである。 彼女が国連難民高等弁務官として過ごした冷戦後の十年は、旧ユーゴやルワンダなど各地で大規模な武力紛争が続発した時期だった。民族相互の憎しみや大国の利害によっておびただしい人命が容易に奪われていく未曾有の危機にあって、一人でも多くの命を守ろうとした彼女は、多くの矛盾とジレンマに立ち向かわなくてはならなかった。本の中では、その詳細が自身の肉声で語られている。 九〇年代以降の世界で彼女が果たした役割の大きさに比べ、これまで出版された書籍の数は実は驚くほど少ない。そうした状況を見てか、本人に一度も取材せず書かれた奇妙な評伝まで登場する始末だ。

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