何が被災者を助けるか

執筆者:徳岡孝夫2011年4月12日

 東北の海岸の瓦礫の中で、まだ何千人もの行方不明者を探している最中だった。毎日新聞と高野連は、センバツ高校野球をやるかどうか迷った。おそらく賛否両論があった。だが彼らは決断し、甲子園で恒例の「春の祭り」を催した。  バックスクリーンの国旗を半旗に、「がんばろう!日本」を大会の合言葉にし、東北地方の代表チームも予定通り招いた。選手にも主催者の覚悟が伝わったのか、小気味よいプレーが続き、1試合平均1時間58分だった。ナイターは皆無。結果的に成功した。  いつも通りのことを、いつも通りにやる。そういう決心は、しばしば(必ずではないが)難局を突破する。昔の日本陸軍では、それを「為さざると遅疑逡巡するは、指揮官の最も戒むべきことなり」と言った。  決然断行は、妨げられる場合が多い。何に妨げられるのか? 良識によって、である。  東日本を襲ったマグニチュード9.0の大地震、続く津波と原発事故によって記憶は薄れたが、あの大震災に先立つニュージーランド・クライストチャーチの地震(日本からの語学留学生28人の遺体が確認された)のさらに先のハイチ地震を御記憶だろうか。  首都ポルトープランス近郊を震源とする直下型地震は、ハイチを壊滅状態にした。昨年1月のことである。死者の正確な数は、いまだに分らないが、21万~23万人といわれる。救援に行った日本の自衛隊は、いまもなお現地で活動中のはずである。

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